2014年2月19日水曜日

俳句集団【itak】第11回イベント抄録


『音と言葉 ~うた作りの現場から~』

 言葉に音がつき、うたになる。リズムが反復し、時間が生まれる。
金子みすゞの詩に作曲する中で考えたこと、感じたこと。

講演 作曲家・音楽研究者 久保田 翠 

2014年1月11日@札幌市資料館

 

俳句集団【itak】の2014年初イベントは、1月11日、札幌の札幌市資料館で開かれました。第1部は、札幌出身の作曲家・音楽研究者、久保田翠(くぼた・みどり)さん=東京在住=が、『音と言葉 ~うた作りの現場から~』と題して講演。久保田さんは、詩人金子みすゞの詩をもとに作曲するなどの活動をしており、講演では、作曲家から見たみすゞ作品の特徴や日本歌曲について説明しました。


 

 ◇◇◇

 私は、作曲をメインとして活動しています。きょうは、自分の作品、歌曲について話しながら、みなさんの興味もある「言葉」についても説明したいと思います。「反復」という言葉を中心に、最終的には、今、論文で書いている「時間」についてもお話します。

私は、金子みすゞの詩に歌をつける、作曲する活動をしています。みすゞは、1903年に山口県仙崎で生まれ、26歳で亡くなっています。西条八十に認められ、その名が一躍知られました。まだご存命の一人娘、ふさえさんを残したまま、服毒自殺するという悲しい結末を迎えました。

みすゞの詩は、大きな特徴として、言葉が5音、7音ベースとなっています。もちろん8音、6音もあり、厳密ではないですが、割と5・7調、7・5調でつくられています。シンプルなつくりで、一度聞いたら記憶に入るような言葉です。例えば、私が作曲した『夕顔』という詩をみても


 『金子みすゞ全集』(JULA出版局)より
 

――リズミカルに、七音・五音を反復しています。7・5調的なリズム。俳句をつくっている方には釈迦に説法なのですが、7・5もしくは5・7調は、日本人には心地よいものです。例えば、企業のコピーも7音・5音のリズムでつくられ、記憶に残ることが多いです。少し前のCMですが「24時間戦えますか」―など覚えやすいものが多いです。

詩に音を付けていく段階を話します。日本語の詩、詩人の作品に対して作曲家が作曲する「日本歌曲」というジャンルが、今でもたくさん歌い継がれています。例えば、山田耕筰さんなどです。詩人と作曲家の共同作業的なものが日本歌曲のベースにあります。私の作曲活動もその延長上にあります。日本歌曲は基本的に、詩の全体に対して、音を付けていく。詩を一回、通して歌い、終わるという形です。

例えば童謡『どこかで春が』(作詞・百田宗治、作曲・草川信)という曲も、 

 
一度、詩を歌いきって終わる――日本歌曲の伝統的なやり方です。現代の歌曲をつくる人も、この手法が多い。ただ、私の場合は、しばしば「反復」を利用、積極的に「リフレイン」を多様します。詩の中の言葉をわざと分解して、バラバラにしたり、部分だけを反復させたりしています。

『積つた雪』というみすゞの詩、短い詩があります。



 『金子みすゞ全集』(JULA出版局)より


この詩を女性歌手2人のために作曲しました。

(※音源を流した後に)

聞いていただいて分かると思いますが、詩の中のいろんな部分が飛んでいます。日本歌曲は、最初から通すのが普通ですが、私はそれをやりたくなかった。「中の雪」の「さみしかろな」が一番ぐっと来るポイントだった。「上の雪」「下の雪」を反復させた上で、ここぞ言うときに「中の雪」を使いたいと思い、わざと後ろに持ってきました。

日本歌曲の伝統的作曲方法は、詩の作品が詩として強く独立しているので「詩至上主義」ともいえるかもしれません。作品を尊重、大事にするやり方。確かに詩を優先するのは大事ですが、ではなぜ歌を付けるのか、作曲するかという問題が出てくると思います。もし、詩が作品として完結しているのを大事にするだけなら、自分が歌を付ける意味はどこにあるのか。例えば、自分は詩のこの部分が大事だから強調して作曲したい。そうすることで、私自身が、詩に対してどう感じているか、捉えているかを表現できると思う。詩には独特のリズム、時間があるが、逆に音には音のリズム、流れがあります。作曲する、歌を作るのは、詩と音のそれぞれ持つ異なる時間を、どうすりあわせるかだと考えています。

 詩は、文章の形など目で見て確認できます。『積つた雪』も上、下、中のそれぞれの雪について書いているんだなと、目で見て理解できる。ところが、音楽は、全体の流れを見ることができない。その時に流れている音しか聴くことができない。言葉をその都度聞いていくことでしか捉えることができません。

耳で詩を聞いていると、通してさらっとひっかかりがなく流れてしまうが、特定の言葉を繰り返すと、自分の中で定着、反芻して味わうことができると思います。それが、音楽で反復を用いる大きな意味だと考えています。言葉の持つ響き、重要性を繰り替すことで味わうことができる、それが反復の魅力だと感じています。

時間の進み方ですが、詩を一度通して朗読することは、始まって終わりがあるという一方向的な時間の在り方です。詩を順番に読んでいく。そこに音楽によって自由な反復、飛んだりとかが起こると、一方向的な時間が急に逆戻りしたり、時間の進行に変化が起こる。いわば、言葉と言葉の間に時間の吹きだまりができると捉えています。そこに私たちは身を沈めることができると思います。

 詩、言葉は全体を眺めることができますが、音楽は時間を順次追って聴かないといけない。その瞬間の音しか聴けません。そこが詩と音楽の違いであり、作曲家として考えがえのあるところだと思います。


 もう一つ紹介したい作品があります。反復をキーワードとして出したので、反復だらけで作曲した作品を持ってきました。『わらひ』という作品です。


 『金子みすゞ全集』(JULA出版局)より

 
 みすゞとしては変則的な作品です。もともと童謡としてつくっているので、同じリズムを繰りかえすことが多いのですが、この作品は前半が5行、後半3行という不規則に分かれている珍しい作品です。

(※音源を流した後に)
 
曲も4分の5という珍しいテンポでつくりました。詩の使い方も変則的だったとわかると思います。上の5行「それはきれい薔薇いろ~おほきな花がひらくのよ」などを2回繰り返し、最後の「どんなにどんなにきれいでせう」というフレーズを、私は、合計で4回繰り返しました。詠嘆のこもった「どんなにきれいでしょう」というのが、重要だと思いました。最後の最後で気持ちが出てくる。ここを強調したい、味わいたいと思って曲をつくりました。

 こうした作り方は、作曲家の中には邪道と思う人もいるかもしれません。勝手に詩を変えてしまうのは、詩人に対する冒涜と言う人がいるかとも思います。しかし、作曲家が、詩の世界を尊重し、気持ちを生かして、詩を再構成して作曲するのなら、きっと許されることなのではないかと、私自身は勝手に思っています。

 最後にアウグスティヌス(ローマ末期の神学者、哲学者)の有名な言葉を紹介します。
「時間とは何であるか。誰も私に問わなければ、私は知っている。しかし、誰か問う者に説明しようとすると、私は知らないのである。」
時間についての論文や研究者の中では、多く引用される有名一文です。簡単に言うと、「時間というのはみんな誰もが分かっている。みんなが時間の中で生きているけど、『時間って何』と改めて聞かれたら、私は説明することができない」。知っているのに言葉で説明するのは難しい―ということです。
私が作曲するときに大事にしている台詞、考え方です。音楽は時間芸術と言われます。限られた時間の中に音が順番に立ち現れて、生起していく。ただ、私自身は、詩を味わう、詩を詠む中にも、時間があると思っています。文章で読むと全体を俯瞰して詩を詠むことできる。好きなところだけ読めるが、詩の作品の中でどういうふうに言葉が配置されているのか、言葉の順番は決められていて、本質的には通して読んで理解するものです。言葉の位置が変わっただけでも意味合いが変わってくる。きっと俳句でもあることだと思う。ちょっと言葉の順番が変わるだけで、意味が劇的に変わる。言葉はどういう順番で出てくるか重要なことです。それにより感じてくる風景、意味合いは変わってきます。音の中にも、言葉・詩の中にも、それぞれ独特の時間があると感じています。

音の時間と言葉の時間をぶつかりあわせて、最終的に作品として融合させる。歌という形にする。アウグスティヌスが言うように、時間そのものを言葉で説明するのは難しいですが、時間の中に音とか言葉とかを通じて、私たちは浸ることができます。ひたすら歌を聴きながら感じ取ること、没頭することができる。そのことが、時間が持つ本質、人間の喜びなのではないかと思っています。


久保田翠(くぼた・みどり)

札幌市生まれ。5歳よりピアノ・ソルフェージュを始める。
東京藝術大学音楽学部作曲科を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論分野修士課程入学。同大学大学院博士課程単位取得満期退学。これまでに作曲を南聡、安良岡章夫、尾高惇忠、近藤譲の各氏に師事。東京国際室内楽作曲コンクール、奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門のそれぞれに入選。作曲・編曲のほか、ピアノ・オルガン演奏や伴奏も手がけている。
また近年ではパフォーマンス活動にも力を入れており、2011年には自身初となるソロ・パフォーマンス「SCORES」を開催した。「実験音楽とシアターのためのアンサンブル」メンバー。和洋女子大学、青山学院大学大学院非常勤講師。

 URL
 久保田 翠   http://www.midorikubota.com
 JULA出版局 http://www.jula.co.jp/


※金子みすゞの詩は、金子みすゞ著作保存会の許可を得て掲載しています。
※音源リンクは金子みすゞ の世界CD発売記念特設サイト内収録曲試聴ページです。
  http://midorikubota.com/misuzu_special_tracks.html

☆抄録:久才秀樹(きゅうさい・ひでき) 北舟句会


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