2012年10月16日火曜日

第4回イベントのお知らせ

俳句集団【itak】事務局です。

厳しい残暑のあとにあっけなく秋を迎え
晴れたなら北海道らしい高い空が広がります。
秋の実りの美味しい季節の到来です。


5月に始めたイベントも回を重ね、もうすぐ第4回を迎えます。
ここで詳しい日程等をお知らせしたいと思います。



★俳句集団【itak】第4回イベント★



日時:平成24年11月10日(土)13時00分~16時30分

場所:「北海道立文学館」

    札幌市中央区中島公園1番4号

TEL:011-511-7655

※地下鉄南北線「中島公園」駅(出口3番)下車徒歩6分
※北海道立文学館最寄の「中島公園」

駅3番出口をご利用の際には

①真駒内駅方面行き電車にお乗りの方は進行方向先頭部の車両

②麻生駅方面行き電車にお 乗りの方は進行方向最後尾の車両に

お乗りいただくと便利です。

■プログラム■

第一部 講演会「猟夫(さつお)が語る北海道野生の今」(仮題)
  
  
 
 講 師 高橋千羅思 (たかはし・ちらし) 
          俳人、北舟句会、猟友会


第二部 句会(当季雑詠2句出句)



<参加料>

一  般    500円
高校生    300円
中学生以下 無  料  (但し引率の大人の方は500円を頂きます)

※出来る限り、釣り銭の無いようにお願い致します。



■懇親会■

俳句集団【itak】では年に2回ほど、参加者の皆さんとともに懇親会を持ちたいと思います。
今年のイベントは今回で終了しますので、少し早めの忘年会を兼ねて行います。
予約の都合がありますので参加ご希望の方は講演会・句会とともに
事前にお申し込みください。
大変申し訳ありませんが当日のお申し込みではお席の準備ができません。

<懇親会場>

キリンビール園 中島公園店にて17時45分より
http://www.kirinbeer-en.co.jp/info_nakajima.html

<懇親会費>

別途4000円を申し受けます。
文学館での受付の際に、イベントの会費とご一緒にお支払いくださいませ。

※未成年者とお車でお出での方は飲酒できません。


■参加申込みのお願い■

会場準備の都合上、なるべく事前の参加申込みをお願いします。
締切は11月7日とさせて頂きますが、締切後に参加を決めてくださった方は
どうぞ遠慮なくこちらのメールでご相談下さい。

なお文学館は会場に余裕がございますので当日の受付も行います。
申し込みをしていないご友人などもお連れいただけますので
どなたさまもご遠慮なくお越しくださいませ。

参加希望の方は下記メールに

「第4回イベント参加希望」

のタイトルでお申込み下さい。

①イベントのみ参加、②句会のみ参加、③引き続き懇親会への参加をされる方は
本文中にその旨お書き添えください。
特にお申し出のない場合にはイベント・句会の通し参加と判断させていただきます。

itakhaiku@gmail.com

ちょっとでも俳句に興味ある方、今まで句会などに行ったことのない方も、大歓迎です!
軽~い気持ちで、ぜひご参加ください♪
句会ご見学のみのお申込みもお受けします(参加料は頂戴します)。



2012年10月14日日曜日

第3回itakトークショー『俳句って面白い!』 ③高畠葉子編

③ 高畠葉子



 ●冬菊やノラにならひて捨てし家(鈴木真砂女)


 真砂女は1906年に生まれ、96歳で亡くなりました。昭和4年(1929年)、23歳で結婚。大恋愛の末の結婚だったそうですが、29歳で夫が失踪して、実家に帰りました。その年にお姉さんが亡くなり、実家が名門の旅館だったので義兄と再婚することになります。32歳のときに7歳年下の海軍士官と恋に墜ちて、一目逢いたいと家を出てしまいました。そのときの句と私は思ったのですが、この句は60歳の時のものです。ノラとあるので、久女のこととも関係があると思われます。久女とは16歳違い。久女は「足袋つぐやノラともならず教師妻」というのを1922年に書きました。真砂女のこの句は1966年です。40年の間に女性に変化があった。久女も負けないくらい行動力はあったと思うが、久女はノラになれず、真砂女はノラになった。60歳でこの句を書けたことに驚きました。もう一つ、真砂女は家に帰りましたが、「それでも夫は妻を迎え入れた。2カラットの指輪を買ってくれた」とあります。




 ●倖せと誰にも云われ夕牡丹(池上不二子)


 不二子は25歳のときに久女と出会っています。久女が念願の句集を出すときに、夫の池上浩山人に装丁を頼んだ。家に来たときに久女が不二子と談笑したそうです。そのとき久女に「奥さんの句、本当にいいお句です。少しも人生に対する不安とかなく、安住する落ち着きが優しく表れております。幸せの上に座った句」と言われたそうです。不二子はこの言葉にカチンときたそうです。確かに幸せの人生で、不自由なく育ってきたけれど、たいへん好奇心が強く、負けず嫌い。幸せの環境ながらも、自分で努力しその持ち前の好奇心から、「忽然と消えた明治の名俳人  沢田はぎ女」を当時、長生きをしていた本人を取材し、夫の代筆説まで出ていたはぎ女の「はぎ女句集」を刊行しました。その行動力に、「幸せに座った」だけの人生ではなくという所が見られます。


朱子さんが「夕牡丹の夕が気になる」と言っていましたが、謎を残したままで今日はここに来ました。


 ※籬 朱子 牡丹かな-と言い切るのではなく、夕牡丹としたところがこの句の眼目かと。牡丹は華やかな存在感のある花ですが、夕牡丹となるとその華やかさに影が差します。山田 航さんのお好きな「椿咲くたびに逢いたくなちゃだめ」という句も椿という花の佇まい、ことに色が抒情を支えています。作者の思いをどんな花に託すのかということで、句の命が定まるのだと思います。




 ※五十嵐秀彦「久女、真砂女、不二子、世界観がそれぞれ違い、三者三様です。久女は鬱屈した不満感がある。真砂女は、60歳になって、振り返ってみて冷静に句を作った。不二子は何か面白くない、人に言われたら面白くないと。いずれも一昔前の『女流俳人』という俳句の雰囲気がある。今は女性の俳人が多くなりました。今後、女性という切り口の俳句はあると思いますか」


 ※高畠葉子「あると思います。女であることを意識してどこが悪いという感じです。男のは男の感覚、女は女の句を作ればよいと思います」




  ●原爆忌楽器を全力で殴る(御中虫)


 この方はなかなか変わった方なのですが、1979年生まれの女性です。改名をして「御中虫」となりました。自分の名前によって心を傷つけられる場合、改名できるのですが、そういう手続きを取って、「おなかむし」という名前になりました。「古事記」に登場する「天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)」から取ったそうです。大石悦子さんが「この人は肉声でうたっている。季語やリズムやテクニックを超えて、この人の俳句に対する姿勢、新しい形を探る可能性を評価したい」と言っています。人類学者によると、最初に作り出された音楽のはじまりは声と言われていますが、その次には、自分の体を打つ、手で何かを打つ、その次に何かを持って打つ。人に知らせたり、リズムを作って音楽になっていった。原爆に対する怒りを「楽器を持って殴る」と表現したところが彼女らしいと思いました。彼女が俳句に接したきっかけは俳句講座です。京都の芸術大学に7年間いたのですが、何とか卒業しなければならないという時に、単位の交換授業で龍谷大学の大石先生の俳句の講座を受講したことからです。そのとき詠んだ句が「暗檻ニ鵜ノ首ノビル十一時」というものです。「暗檻」は暗い檻、彼女の造語だそうです。ほかにも破調の句や面白い句がありますが、「一面の峰雲かづきて首強し」「一週間何していたかセミが死ぬ」という有季定型の句もあります。機会があれば、この「御中虫」にちょっと注目してみてください。




※五十嵐秀彦「センセーショナルな俳人です。相当批判も出てくる人物でしょう。「歳時記は要らない目と手も無しで書け」「手首切りました向日葵咲きました」といった句もあります。長谷川櫂さんが震災の句集を出したことに猛反発して、アンチテーゼとして『関揺れる』という句集をあえて出しまています。なかなか久しぶりに戦闘的な俳人が出てきました。33歳の女性でいかにも現代ふうですが、話題だけの人かというとそうではない。この句、面白い句と思いました」



☆抄録:久才秀樹(きゅうさい・ひでき) 北舟句会

2012年10月12日金曜日

第3回itakトークショー『俳句って面白い!』 ②山田 航編


② 山田 航


 ●ラグビーの頬傷ほてる海見ては(寺山修司)
 

  僕がもともと短歌に出会ったきっかけは寺山修司でした。この時、短歌だけではなく俳句にも一緒に出会っています。寺山は自分の俳句を短歌に改作することがよくあるからです。この句にも短歌があります。「ラグビーの頬傷は野で癒ゆるべし自由をすでに怖じぬわれらに」というものです。僕は短歌の人間なので俳句を詠むときにも叙情性を中心に見てしまいます。季語は「ラグビー」ですが、「頬傷」のほうを意識してしまいます。

短歌の作品にある「野」というのは外の世界、一般世界。大人の世界という意味合い。一方、「ラグビーの頬傷」は部活動、狭い子どもの世界。対照化されています。自分はすでに大人なのだという意志が見えてくる歌です。

俳句であれ、短歌であれ、心に響く叙情性があるかどうかで見てしまう癖が歌人にはあります。





 ●椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ(池田澄子)
 

 池田澄子は口語的な活動をしている方で、「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」という句を作った人です。これも「椿」が季語ですが、歌人の視点からすると「逢いたくなっちゃだめ」が胸に来ます。椿が咲くのは毎年のことですが、「逢いたくなっちゃだめ」という気持ちが繰り返す。池田澄子は歌人の間ではとても人気のある俳人ですが、それは叙情性のおかげだと思います。今回は歌人の視点から好きな句を挙げさせてもらいました。



 ※五十嵐秀彦「歌人として叙情性に着目したということですね。池田さんのこの句は、寺山に似たものがあります。『林檎の木ゆさぶりやまず逢いたきとき』という句です。池田さんの「椿咲くたび~」はそれに対する返歌の感じもあります。航君が寺山と池田さんのこの2句を持ってきたのは面白いと思います」

 ※高畠葉子「ちょっと一言申したい。ラグビーでは頬に傷はあまり出ないと思います。寺山は叙情性を出すため、テクニックとして『頬傷』を持ってきたのではないか。高校生はヘッドキャップをしないと試合できないのですが、すねとか膝の半月板とか出てきても、叙情的ではない。だから「頬傷」かと思います。海の風を当てて、感じるところで傷がうずくということでテクニックとして持ってきたと思いました。それで調べてみたら、「学燈」の昭和30年1月号で石田波郷が選者として、この句をこう言っています。「寺山修司君は、この欄のベテラン。捉えるべきものを捉え、表現も確かだ。うまみが露出するところが句をいくらかあまくしているようだ」ということが載っていました。それを読んで、若者の甘酸っぱさかなとも思いました。

※山田 航「面白い指摘でした。僕もこの句を読んだときにラグビーで頬傷つくのかなと思いました。スクールウオーズではついていたような気がします。ただここでは実際には心の傷だと思います。すねとか膝などより心の傷に近いのは顔の傷です。また『頬傷』と『ほてる』とHOで韻を踏んでいる点もあると思います」

※五十嵐秀彦「葉子さんの指摘はごもっともで、寺山は嘘つき寺山修司と言われるくらい平然と嘘をついた。文芸の世界では嘘をつくことで初めて見つかる真実もあります。まさにラグビーの句は寺山らしいフィクションの句だと思う。どういう表現をすれば良いか子どものうちから知っていた。すごい人もいたものだなあと思います」



●蝶墜ちて大音響の氷結期(富澤赤黄男)
 

  この句を知ったのは、塚本邦雄の「百句燦燦」です。塚本は歌人ですが、現代俳句にも詳しくて、百句燦燦という変わった句を集めた評論集を作りました。その中でよく取り上げられているのが、富澤赤黄男や永田耕衣、高柳重信といった前衛俳句です。

塚本の短歌の文体は完全に前衛俳句に影響を受けていると思われます。短歌をやっている人間が俳句を詠むとき、まず引っかかる点は「切れ字」です。自分で作り始めても、切れ字というのはどうもうまく使えない。俳句は切れの詩、短歌は流れの詩ではないでしょうか。短詩型は省略の詩型といわれますが、省略の内容がだいぶ違う。切れというのは結論を省略、流れは過程の省略。今回の寺山、池田の句を短歌っぽいと感じたのは、流れがあるからと思います。結論を切るのではなく、過程のほうを切って表現している。

この句は、切れと流れが同居しているようです。蝶が墜ちて、なぜ大音響が出るのか。そこに隠されているものがある。同時に結氷期とは何か。二重の謎解きとなっています。俳句的なミステリーの作り方と短歌的なミステリーの作り方が、うまく混合しているような印象を受けました。






☆抄録:久才秀樹(きゅうさい・ひでき) 北舟句会

2012年10月10日水曜日

第3回itakトークショー『俳句って面白い!』 ①籬 朱子編




第3回「itak」トークショー




 2012年9月8日・道立文学館


 第3回itakは9月8日、札幌の道立文学館(中央区中島公園)で開催。第1部のイベントとして俳人、歌人によるトークショーを行いました。五十嵐秀彦を司会に、高畠葉子、籬朱子の女性俳人2人と歌人の山田航がそれぞれ好きな句を3句持ち寄り、その作品への思いを語りました。3人の選んだ句と講評を紹介します(敬称略)。





① 籬 朱子
 
 ●水底を見てきた貌(かお)の小鴨かな(丈草)
 芭蕉七部集の五番目の撰集「猿蓑(さるみの)」の中に入っている句です。内藤丈草は今から350年前、江戸前期に生まれた人です。私はバードウオッチングが趣味なのですが、例えばカワセミが獲物を捕った時は得意そうな、失敗した時は本当に残念そうな表情を見せるんですね。野鳥は結構表情が豊かです。それにしても丈草はよく観察しているなぁと思います。「水底を見てきた貌」という把握がすばらしいと思います。巧みのないさらりとした表現ですが、水から出てきた鴨の表情を捉えてこうは言えない。平易だけれど独特の視点で、何気ない鴨の様子を印象鮮明な句にしています。
丈草は尾張犬山藩士でしたが27歳で出家。28歳で芭蕉に弟子入りしました。29歳の時に「猿蓑」の跋文(ばつぶん)を任されています。「猿蓑」は芭蕉一門の最高傑作の撰集と言われています。その跋文を書いたのが、山田航さんと同じ年齢でした。蕉門にはベテランが数多くいる中で2年目の弟子に書かせたことから、芭蕉がいかに丈草を買っていたか分かります。
今日まで「猿蓑」は蕉門のベストセレクションと評価されていますが、当時(元禄2年から4年=1689~91年=)も一門の達成を世に問う意気込みで編集が進められており、弟子たちはこぞって句を出しました。その中でも芭蕉の求める句の方向の一つが、丈草の句だったのではないかと思います。

それを思わせる文章があります。「去来抄」によると芭蕉が亡くなる直前に、弟子たちが看病に集まりました。芭蕉は「私が亡くなったつもりで、句会でもやりなさい。」と言ってその場で句会になった。先生に見てもらうのも最後だからと弟子たちは一生懸命に句を作りました。その際、芭蕉が「できている。」といったのが丈草の句だけでした。
芭蕉は最終的には「軽み」を目指しました。完成途上でしたが「軽み」への方向性を丈草の句が持っていたのではないかと思います。

 話しはそれますが、ちょうどこの句が載った「E.J.キーツの俳句絵本 春の日や 庭に雀の砂あひて」(偕成社) という絵本があります。見ていただきたいのですが、なにか違和感があると思いませんか。私はこれを見て、びっくりしました。丈草は「小鴨かな」と詠んでいるけど、ここに描いてある絵は明らかに「あひる」なのです。幅広い年齢を対象にした真面目な絵本で作者は著名な画家なのに、どうしてこうなったのでしょう。
英訳を見ると小鴨は「リトル ダック little duck」と書いてあります。確かにリトル ダックだと「小さな あひる」になりますワイルド ダックなら「鴨」になったのでしょう。絵本作家は翻訳された英文の「little duck」をその通りに描いたのだと思います。この絵本(テキスト)には日本人の訳者がいますが、それでも異なる言語に俳句を置き換える時には、こういうことが起きるのですね。丈草がこの元気なあひるを見たらどう思うのでしょう。丈草は穏やかでユーモアのある人柄と伝えられているので、面白いコメントが聞けるのかもしれません。

            


 
 夕紅葉谷残虹の消えかかる(一茶)

小林一茶の句です。一茶は今から約250年前に信濃町(長野県)柏原に生まれました。黒姫高原と呼ばれる一帯。冬は雪深い所ですが、夏は澄んだ空気と陽光に恵まれています。一茶は15才までの幼少期をそこで過ごしています。
この句には「夕紅葉」「残虹」という季語が二つ入っています。夕紅葉は秋で、残虹は夏。夏の終わりから秋にかけての光景でしょう。夕紅葉に消えかかっている虹が見える。色彩と光のコラボレーションの句で、繊細な美しさと共にその場に立って一緒に見ているような懐かしさを感じます。なので、この句の舞台は一茶の故郷、黒姫高原の日暮れかもしれません。あるいは、旅から旅を日常としていた巡回俳諧師一茶が、通りすがりに出会った景色だったのかもしれない。何れにしても、その景を詠まずにはいられなかった、一茶の詩人としての純粋な資質を感じます。

さらにこの句は「夕紅葉」「谷」「残虹」という名詞を連ねて、「消えかかる」という動詞一つで支える構造になっており、あまり見たことのない面白い作りの句です。なぜ一茶がこのような構造の句を詠んだのかというと、一茶の師系に手がかりがあるように思います。
一茶は葛飾派の三世の素丸という人の執筆(宗匠の手助けをした書記役)をしていました。葛飾派の創設者(一世)は山口素堂。松尾芭蕉の親友であった人です。素堂は漢学に精通した人で漢文調の句を得意としていました。今日まで良く知られた素堂の句
「目には青葉山ほととぎす初鰹」
も名詞を連ねた作りになっています。一茶は直系の師、素堂から良く学んでいるのです。
今日一茶の句と言えば
「やれ打つな蝿が手を摺り足をする」
「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」
「痩せ蛙まけるな一茶是ニ有リ」
といった句が有名ですが、この句のような色彩と光りの恩寵を感じさせる句も残しています。自らを「景色の罪人」と呼んだ一茶ですが、この様に澄んだ繊細な句に出会うと
一茶の感性の源に触れる思いがします。

  凧(いかのぼり)きのふの空の有りどころ(蕪村)

この句の作者、与謝蕪村は今から約300年前に摂津国(大阪市)に生まれました。
江戸時代中期の俳人です。若い頃は江戸で過ごし、東国を放浪した後京都に定住。画家としても知られています。
凧は新年、春の季語。いま凧の揚がっている空は今日の空。きのふも同じように凧は揚がっていたが、きのふの空は何処へいったのだろう、という内容の句です。
蕪村は遙かな凧を見ながら景色の背後にひろがる、永遠の時間に思いを馳せています。この句のように蕪村には、眼前の景色を見ながら過ぎ去った昔を同時に見ている様な句が幾つかあります。

目の前に昔を見する時雨かな  (芭蕉の忌日 時雨忌に詠んだ句)
白梅や誰が昔より垣の外
遅き日のつもりて遠き昔かな

きのふ、昔という言葉が度々句に現れてもいます。そういう蕪村を萩原朔太郎は“郷愁の詩人”と呼びました。
私は蕪村を仮に“イエスタデイの詩人”と呼んでみたいと思います。
そして、“Yesterday”というと、どうしてもビートルズの曲を思い出します。
ポール マッカートニーが作ったあの曲です。その歌詞の中に
“now I long for yesterday”  という歌詞があります。
 
 longという動詞は古英語から来た言葉で「遠いものまたは容易に入手できないものを心から求める」という意味があります。蕪村の句に近い雰囲気のある動詞の様にも思います。ただ、longをこの歌詞の意味する様に「失われたもの遠いものを深く強く欲する」と訳すと、蕪村の句にはその強さが希薄かもしれません。
longがやや肉食系の意味を持つとすると、蕪村の句はより淡く草食系の詩を奏でています。それを無理に英訳すと丈草の句のように、小鴨がアヒルになってしまう事態が生じるかもしれません。
先ほどの絵本はニューヨークの著名な画家によって描かれていますが、俳句は最短の詩形として、広く世界に伝わっているので、あのような絵本をテキストとして英語圏の子供達が俳句を詠むことが現実になっています。
絵本の中に丈草と一茶は何句か紹介されていました。江戸時代の句でも翻訳が可能で外国語で共感して貰える素地があるのだと思います。一方日本語の働きに深く依存する蕪村の俳句は、時間軸を過去から未来へ直線で進む英語への翻訳は難しいと言われています。
それだけに蕪村の句は、日本語の奥深さと豊かさを湛えた句と言えるのだと思います。

 



☆抄録:久才秀樹(きゅうさい・ひでき) 北舟句会

2012年10月9日火曜日

俳句集団【itak】事務局より記事についてのお詫び

お詫び
先日アップした第3回イタック句会評において不適切な記載が2,3ありました。

ただちに削除、訂正しております。
ご不快な思いをさせてしまった関係諸氏には深くお詫び申し上げます。
今後は気を付けて投稿いたしますのでご寛恕ください。

                     文責 橋本喜夫・俳句集団【itak】事務局一同

2012年10月8日月曜日

『きっこりんが読む』 (その3) ~第3回の俳句から~




『きっこりんが読む』

(その3)


~第3回の俳句から~


 

3回目は、純粋に気になった句を選んでみました。
 
 

 

朝顔の紺に夜明けの染み出しぬ
 

 

セミほどではないけれど、朝顔にもどこか儚さが漂います。

サナギから蝶が脱皮する時のように、朝顔から夜明けが染み出る瞬間は、まるで生命の絶頂期のよう。その鮮やかに目を凝らし、息をのみそうです。生命感だけでなく、色彩感にもあふれています。

 
 

木歩忌や家の奧より日向見て
 

 

偶然にも木歩のことが気になり、句集や文集を読んでいた折でもあったので、「木歩忌」とあり驚きました。心が折れるであろう凄絶な、短い生涯のなかで、俳句だけが彼のよりどころでした。下半身が不自由で動くこともままならなかった彼の境遇を、「家の奧から日向を見る」という何気ない行為の中に見る・・・単純なようでいて、とても深みを感じました。


 

秋の空より蒼でした蒙古斑
 

 

「蒙古斑」といえば、櫂未知子さんの第二句集のタイトルにもなった「いとしきは枯野に残る蒙古斑」を思い起こします。ぼく自身には多分、もともと蒙古斑はなかったと思うのですが、子どものうちに自然と消えてしまうようです。秋の空より蒼かった蒙古斑は、お子さんの、なのでしょうか。消えたので、過去形なのでしょう。でも、きっと、いつまでも忘れられない「蒼」。


 

アーケード野良猫だけの良夜かな
 

 

アーケード、好きです。昔は賑わったであろう街並みが、今はちょっと鄙びた感じが、古いもの好きの心をくすぐるのです。酔っ払いが往来したり、ギターを抱えた若者が自己主張するのを終えたころからが、野良猫くんたちだけの時間。誰にも邪魔されず、雨にぬれることもなく、徘徊するもよし、眠るもよし。

いつまでも、アーケードがありますように。



☆恵本俊文(えもと・としふみ 俳人 北舟句会・迅雷句会 木古内町在住)



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俳句集団【itak】事務局です。

『きっこりんが読む』はこれにて終了となります。
ご高覧頂きありがとうござました。


次回更新ではお待ちかねのトークショー抄録
『俳句って、面白い!』を、パネラーごとに公開いたします。
お楽しみに!


 

2012年10月5日金曜日

『きっこりんが読む』 (その2) ~第3回の俳句から~


『きっこりんが読む』

(その2)


~第3回の俳句から~


地方に住んでいるから見えてくること、感じることって、少なくありません。
地元の方々にとっては、毎年の何気ない風景なのでしょうが、よそからやってきたぼくにとっては、それが新鮮だったりします。
今までなら気にも留めず、前をすーっと通り過ぎていた場所やモノが、なぜか気になったりするのも不思議です。きょうは、そんな3句です。



アナログ派右総代の案山子翁

 

案山子の歴史を考えたことはありませんが、古事記に登場する神がそうだとする説もあるので、相当古いのでしょう。ぼくが小さいころから現在まで、その姿かたちはそう変わっていません。「アナログ派の総代」って、なるほど。
ぼくは、物事を簡単に割り切れなくても、曖昧なところも持ち合わせたアナログ派でいたいと思うのです。ある意味、俳句的なのかなとも感じます。
「オズの魔法使い」にも登場する、脳がなく役たたずと考えられがちな案山子ですが、じっと見つめていると、何かを熟慮しているようでもあります。案山子翁なら、なおさらそうです。



青椒の欠けたるナポリタンの邪悪


 

チンジャオ? ピーマンですかね。ナポリタンには必ずといっていいくらい入っています。ピーマンが嫌いだったころには、入っていることが邪悪だと思っていました。大人になった今は、まあ入っていてもいいかな…。
あるべきものが欠けていること、それは確かに邪悪でしょう。あるべきものにはあってほしい、いるべき人にはいてほしい。そんなふうに思ってもらえる人になれたらいいな。



このぶよに「クサマヤヨイ」と名をつける



 

草間彌生さん…目がチカチカするほどの水玉は、恐怖や幻聴から身を守るため、作品を水玉で覆っているそうです。80歳を過ぎた今もお元気で何より。
そんな草間さん、ぶよの名前になっちゃいましたか(笑)。どちらにも鬱陶しい感はありますが。水玉模様のぶよとか、ぶよが水玉模様状に配された作品とか、邪悪なことを妄想してしまいました。
ちなみに、彼女の詩集「かくなる憂い」は、読むと怖いです。


(つづく)

2012年10月3日水曜日

『きっこりんが読む』 (その1) ~第3回の俳句から~



『きっこりんが読む』

(その1)

~第3回の俳句から~


恵本俊文

句集団【itak】幹事の恵本です。
仕事の関係で、渡島管内の木古内町駐在となり1年半ほど経ちました。
3回目のイベントに参加できなかったためまっさらなところから選句して、
気になる句を鑑賞してみようと思います。たぶん脱線しますが。
何より音楽が好きなので、初回は「音」にまつわる3句です。


 





オルゴヲルと書かれし箱に秋の声

 

古い箱。もしかしたら、いまは箱だけなのかもしれませんが、どんな曲を奏でるのか
とても気になります。「浜辺のうた」など唱歌だろうか。ねじを巻きけば、音がこぼれて
くるのでしょうか。徐々にテンポが遅くなるころ、いつも切なくなってしまいます。
もし壊れていても、音は心に響いてきそうな、そんな秋。

 
 
  
秋に入るラジオの熱き腹をなで
 
 
 
これまた古めの、きっと真空管ラジオでしょう。
ぼくが子どものころには、海外放送を聴くBCLというのがはやっていて
雑音の中、海外から送られてくる短波放送局の番組に耳を傾けたものです。
当時はもうトランジスタが普及していたので、ラジオの腹はそれほど
熱くありませんでした。
オーディオのアンプには、いまも真空管のものを使っています。
これは熱くなります。たまあに、手をかざして、あたってみたりして。
聴こえてくる歌や声もまた温かく感じるのは、気のせいでしょうか。
秋の夜長にラジオ、ぴったりです。

 


唄声に染まる江差の九月かな

 

江差で唄といえば「江差追分」。歌い手が集う全国大会が毎年九月に開かれて
おり、今年は50回記念大会でした。昨年、大会に行ってきましたが、マチは
確かに追分に染まっていました。 わがマチに、全国に誇れるものがある
のは素晴らしいことです。北海道の誇りとも言えるかもしれません。

この年(46歳)になって、少しずつですが、民謡の良さが理解できる
ようになってきました。でも奥が深く、入っていくと迷いそうで、ちょっと
怖い気がしています。

 
それにしても、これという自慢できるものがある町はいいなあ。




(つづく)

 

2012年10月2日火曜日

『きっこりんが読む』 がはじまります!

俳句集団【itak】事務局です。

10月。良夜は残念ながら雨模様のまま。

前回ご好評を頂きました『葉子が読む』に続きまして
新企画『きっこりんが読む』をスタートしたいと思います。

第3回俳句集団【itak】の句会には今回82句が投句されました
(おひとり様が選句前にお帰りになられたので、互選対象は80句でした)。
その中から俳人・恵本俊文が毎回心の赴くままに選んだ句を読んで参ります。
今句会には参加しておりませんでしたので、選句結果を伏せたまま
自由に読んでもらいます。どうぞお楽しみください。
前回同様、ネット掲載の許可を頂いたもののみを対象といたします。
掲載句に対して、あるいは評に対してのコメントもお待ちしております。
公開は明日10月3日(水)18時です。ご高覧下さい。

☆恵本俊文(えもと・としふみ 俳人 北舟句会・迅雷句会 木古内町在住)

2012年10月1日月曜日

第3回句会 投句・選句一覧④



※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。







第3回句会 投句・選句一覧③

※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。


第3回句会 投句・選句一覧②

※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。
















第3回句会 投句・選句一覧①


※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。