2013年10月13日日曜日

『かをりんが読む』 ~第9回の句会から~ (最終回)


『 かをりんが読む 』 (最終回)

~第9回の句会から~

今田 かをり
 
 
虫籠あり使へぬ引き出物のごと
 
 
この句を読んだ途端に、実家にあった納戸(なんど)を思い出した。使わなくなった食器や道具類、それに葦戸や扇風機、ストーブといった季節が来るのを待っている物が詰まっていた。そしてその納戸は、結婚式の引出物として頂いた食器類や、シーツやタオルといった布類が、「使わないもの」から「使えないもの」へと変化していく場所でもあった。その「使へぬ引き出物」を、使わなくなった「虫籠」、そしておそらくこれからも使われないであろう虫籠の直喩として使うなんて・・・ほんとにびっくりして、スパークした。 以前、アンティーク雑貨の店で、ヨーロッパの古い鳥籠が吊るしてあって、その中にホオズキが入れてあった。命が灯っているようで、とても素敵だった。この虫籠にも何かを入れてみたい。さて、何がいいだろう。
 
稲屑火や農夫これより蔵びとに
 
 
先日、砂川、奈井江あたりを車で走っていたら、あちこちで藁屑を燃やしている煙が上がっていて、どこか焦げ臭いような臭いも漂っていた。これが「稲屑火」であるが、それを季語として使っていることに、まずびっくりした。 さてこの農夫は、これで稲作の仕事を一旦終え、農作業の始まる春先まで、杜氏として出稼ぎにいくのであろう。農夫といい、杜氏といい、どちらも自然を相手の、米にまつわる仕事である。こうして繰り返し繰り返し、営々と暮らしを続けていく農夫の、おそらく実直であろう人柄までが浮かび上がってくる。さらに、稲屑火の煙や灰を思うと、いかにもはかない感じがするが、実はこれが肥料となって、大地を肥沃にするのである。自然の大きな循環の中の、人間の小さな循環、季語に「稲屑火」を斡旋したことによって、それがいっそう感じられる句になったのではないだろうか。
 
 
月光の栞挟みし文庫本
 
 
「月光の栞」とは、なんて美しい響きだろう。私の脳裏には、窓辺の机に開かれた文庫本が載っていて、そこに一条の月光が射している映像が浮かんだのである。その一条の光は、あたかも栞のようにページに差し込んでいる。何かのものの隙間から月光が差し込んでいるのかもしれない。 ところが、「挟みし」で躓いてしまった。月光を栞のように挟み込んで文庫本を閉じたということだろうか。とりわけ躓いたのは、「挟みし」の「し」なのである。文法のことをとやかく言うのは無粋だとは思うが、それを承知で言うことをお許しいただきたい。実は、私事で恐縮だが、津田清子先生のカルチャースクールに持っていった、初めての句に過去の「き」を使った。こんなところで披露するのもどうかと思うのだが、みなさんにも考えていただきたくて、あえて拙句を披露すると、「初蝶や息つめてもの思(も)ひし時」。その時の津田先生の言葉を今でもよく覚えている。「思(も)ひし時(思っていた時)、なんていう過去の回想は、俳句という短い詩型にはそぐわない。今を切り取って詠むのが大事です」と言って、「思ふ時」に添削された。 そんなこともあって、過去の助動詞「き」に少々神経質になり過ぎているのかもしれない。もちろん俳句や短歌では、この「き」を完了のように使って、「〜した」という意味で使用することがよくあることも知っている。おそらく作者は、月光の差し込んでいた文庫本を、月光とともに閉じたのであろう。それはそれで素敵である。が、回想で読んでしまう読者がいることも否定できない。「月光の栞」が余りに魅力的なだけに、本当にもったいなくて、もう少し別の表現がないのかと思うのである。
 
 
秋風を牛の重量移りけり
 
 
「牛の重量が移」ったとは、どういう情景なのだろうか。牛がトラックか何かに乗せられた、というような大きな動作ではない気がする。反芻している牛がほんの少し重心を移動させた、あるいは立っている牛がほんの少し脚を前に出した、といったわずかの体重の移動の方が、上五の「秋風を」にふさわしい気がする。そして、なんといっても「秋風を」の「を」の使い方が絶妙である。句の終わりに「けり」があるので、「秋風や」と「や」で切ることはないが、普通なら「秋風に」、あるいは「秋風の」とするところである。読者は、この「を」で一旦立ち止まって考える。曖昧な表現は俳句の場合マイナスになることも多いが、この句の場合は、「秋風を」としたことで、「秋風の中を」とも、「秋風を感じて」とも取る事ができ、かえって句に厚みを加えたのではないだろうか。さらに、「牛」が動いたのではなく、「牛の重量」が移ったとすることで、生身の牛そのものではなく、もう少し普遍的な、牛のもつ「命の重量」のようなものを感じ取ることができるのである。不思議な魅力をもった句である。
 

(了)
 

 
 

2 件のコメント:

  1. 久保田 哲子2013年10月14日 23:31

    私の拙句に深い鑑賞をしてくださいましてありがとうございました。有難く、嬉しく思います。

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    1. こちらこそ、読んで頂けただけでも嬉しいですのに、こうしてコメントを返して下さって、ほんとうに有り難いです。励みになります。ありがとうございました。

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