2013年9月7日土曜日

第8回俳句集団【itak】 講演抄録『日本人はなぜ、日本酒をはぐくんだのか』



第8回俳句集団【itak】講演抄録

小林酒造株式会社 小林精志

『日本人はなぜ、日本酒をはぐくんだのか』
~知られざる日本酒の世界~


2013.7.13 道立文学館

2013年7月に道立文学館で行われた第8回itak講演は、栗山町に蔵を構える小林酒造株式会社、小林精志専務による講演が行われました。
日本酒の辿ってきた歴史、そして私たち日本人と日本酒の関係を、穏やかそうな外見から一転とても熱い口調で語って頂きました。 以下に講演内容を詳報します。


~「酒」にまつわる漢字の成り立ち~

 なぜ僕がこの場(小林酒造専務として)に立っているのかというと、元々僕は三人兄弟の次男だったんですけど、たまたま偶然、『酉年』に生まれたんですよ。
この酉という字は酒器の『とっくり』の形に似てるんですよね。だから直接ニワトリとは関係ないという説もございますし、当然この酉の字にさんずいをつけると「酒」という字になりますよね。
 それとこの『酷』という字、これはお味のコクのことなんです。 それとこの醜態の『醜』という字、いつの時代も関係なく昔からお酒飲む人って、どうしてもだらしなくなってしまうので、こういう文字なんです。
 それにお酌の『酌』という字、情状酌量の酌ですよね。これはその昔、江戸時代でお酒の徳利に町娘がお父さんのためにお酒を買っていくとその酒屋さんは量をサービスしてくれるんですよ。そのお酒を計ってサービスをするのが、『酌量器』なんですよ。

 『升』っていいますけどあれは酌量器なんですね。 お酒やお米を計る酌量器、これのJIS規格って実は二宮金次郎が作ったそうなんですよ。
 それとこの字『酣』、なんというか分かりますか これはですね、宴会って段々静かなところから盛り上がってきますよね? そして一番盛り上がってるピークのところからちょっ~~と落ち着いてくる。これが『たけなわ』というんですよ。
よく宴会の幹事さんが「宴もたけなわになりました」と言いますが、これは「ちょうどお酒が甘くなりましたよ」と言う意味なんです。甘い物って昔はとっても貴重だったですよね。それを伝える『たけなわ』っていう締めの言葉が伝わっているんですね。


~大昔の酒造りの歴史~

 栗山町の町内会の新年会などで、人生の諸先輩方とお話してる時、「俺はね、お米を生まれたときから食べているんだよね。だけど一回も飽きたことが無い」っていうんですよ。
確かにそのお米を食べ続けて飽きたことが無いミステリー、深さとか、それって日本人だけじゃなかろうかと思うんです。
 実際皆さんがご飯を食べるときに大体殆どの人が30秒も噛まずに飲み込んじゃうんですけど、昔の酒造りの話をすると、アイヌの人達なんかはちょうど3分間、お米を一口3分間噛み噛みしてたんですよ。 それを大きな壷にペッと吐いたんですよ。 そうすると、お米に唾液の中の酵素が働いて、甘いお粥ができるんです。甘くしないとお酒ができないんですよ。
 それに例えば、せっかくお米を噛み噛みするんだったら、やっぱり男性より女性のほうがいいですよね(笑) 元々の酒造り、杜氏さんっていうのは全員女性だったんです。
それで村の男達が娘にお米食べさせて、ちょうど3分間計るんですって。それを壷に溜めて、一週間後に発酵させるシステム『口噛み酒』を作っていたんです。これはまだ麹が無かった時代です。
 そして麹が無かった時代に、一週間後に5%くらいのアルコールができたんです。野生のこの、目に見えない酵母菌が入ってきて5%をピークに段々腐造するという、腐ってしまうということがあったんです。だから、ちょうど酒番(お酒の番をする人)が毎日舐め舐めして「あっ!!5%になった!!お祭り始めっ!!」て言って、(祭りを始めて)皆踊るんです。
 それで酋長さんいますよね? 酋長さんていうのは、「お酒を司る人」なんです。
村人が全部、天国の祖先の人とお酒を飲んで交信できる魔法の『酒』を、「さぁみんな、飲め!!」と指示する。それが村の祭り、『お祭り』なんです。 焚き火をつけて皆踊って酒を飲むんです。そして酒が無くなったら、お祭りは終りなんです。
アイヌの女性の方の記述が残っているんですけど、噛み噛み噛み噛みして甘くなっても飲み込めない、吐き出す苦しさていうのは相当な物なんです。3時間もやれば頭がもう痛くて痛くてしょうがない。顔の部分で最も痛い所はどこか分かりますか?・・・一説によると『こめかみ』らしいんですよね。米を噛む、だから『こめかみ』という名前そこから来てるというそうです。
 あと、もちろんこれも一説に過ぎないんですけど、旅館を仕切る方いますよね?『女将さん』。実はそこから来てるという説もあるんです。
女将(おかみ)っていうじゃないですか、実はあれ、古代にお料理を仕切る人が、『おかみ』→『女将』、そういう説もあるんですよ。


~日本酒造りの元旦~
 
 
 僕は10月1日に生まれたんですよね。10月1日っていうのは一番米が入ってきて、米を収穫した村人が『蔵人』に、農家から職業換えする正にその時期実はうち(小林酒造)もそうなんです。うちは北海道で唯一だと思うんですけど、お米を育ててくれた農家の人がお米を持って蔵入りするんです。10月に。だからお米を大量に買い付けるのも10月1日だし、蔵人が一斉にやってくるのも10月1日だったんです。昔は150人は居たって言うんです。
 だからこの10月1日を『日本酒元旦』て呼ぶんです。その時に酉年で10月1日に僕生まれたんです。
ちなみにその当時「パック2」という番組があって、「斎藤聖峰」さんという方の元に僕を連れて行って、米に青い・そして志すと書いて『精志』と名を付けて頂いたんです


~口噛み酒からの革命、今の日本酒に至るまで~

 口噛み酒を作ってる頃、何処かから誰かが中国には麹がある」というのを伝え聞いてきたんです。中国の麹っていうのは、お米を使うんですけど藁とかでレンガ状に固めて、カビを生やして使ったんです。でも日本人はお米の形のまま、『バラ麹』といってお米一粒一粒にカビを生やせて、お酒を造るという特殊中の特殊の酒造りをするんです。稲藁に黒い塊の玉が(カビが)あって、パチンと弾くと黒いカビが飛び散るんですね。それを蒸したお米に付けたらなんと、「噛まなくてもお米が甘くなってる!」ということを日本人は発見したんですこれが麹。
 そこで「何で僕たちわたし達はいままで噛み噛みしてたんだ?もうやめちゃおうぜ」という流れで口噛み酒がやられなくなって、稲藁に付いたカビを利用して麹を作って炊いたり蒸したりしたお米と一緒にして、ぬるま湯につけてお酒を作り始めました
 ぬるま湯につけると『甘酒』ができるんです。 『甘酒』ってお米が融けた状態なんで、お米っていうのは簡単に言うと、甘さのデンプンが75%、旨味になるたんぱく質が7%くらいあるんです。 で、それをちょっと削ったら95:5くらいになるんですけど、それを一緒に麹とぬるま湯に置いといたら、甘酒ができたんですよ。これは滋養強壮になったんです。甘酒って夏の季語ですよね?
 実は甘酒っていうのは、麹とお米とぬるま湯で二日間ぐらい置いとくんです。そうすると甘くなって、それが今で言う「Rゲイン」とか「Rポビタン」とかありますよね。
あれ、麹28粒食べたら、ドリンク一本飲んだのと同じくらいなんです。蔵人は毎日麹を食べさせられるんで、結果的に風邪をあんまり引かないんですよ。それぐらい、江戸時代の人にとっては、麹は滋養強壮になって、こういう炎天下の中では甘酒売りが売れて売れてしょうがなかったんです。別に冷やしたわけじゃないんですけど、常温で。
 残念ながら冷やすという手段も無かったから、出来たら一刻も早く売らないと腐っちゃうんですよ。だから、売れる分一日分作って二日後に担いで、量り売りとかしたんだと思います。

 甘酒を発明した私達日本人には実は凄く苦労があって、その頃は杵と臼でお米を搗いたんですそれでは2%とか3%(精米歩合98~97%)しかお米を搗けなかったんです。この状態から甘酒をつくるのはとても大変だった
 今だったら精米歩合90%(機械で10%削った)のお米を甘酒にするんですけども、玄米って皮が硬いですよね。水吸わない・硬いで、お米が融けなくて甘酒作りは大変だった。 だから水と麹とぬるま湯を入れて、櫂棒ですり潰して作ったんです。そうじゃないとお米が融けないんです。 三日三晩すり潰す作業は大変だったんですよ。お米もたくさんは採れなかったし、逆に玄米にも胚分だとか油分だとか栄養があるんで、全部使い尽くして甘酒にして滋養強壮にしたんです。

 そのうち(時代が下るにつれ)水車ができたんです。 川の勢いを借りて水車でお米を搗くと一日やってくれるんで、20%くらい皮がとれるようになった。
 お酒造りも実は甘酒をまず作るんです。甘酒を作らないと日本酒が作れないんです。それで、甘酒を作るっていう事は、先ほどの『山卸し』という作業、櫂棒という木のへらで三日三晩寝ないでお米をすり潰さなければならなかった。そうじゃないとお酒をつくれなかったんです。
 水車ができて20%くらいお米の表層が削れるという文明ができたときに、今まで寝ないでお米をすり潰してお酒を作ってた職人が(ある日)気付いたんです。「あれ?ここにすり潰してないお米があるけど、お米をすり潰さなくても、お米が融けてるじゃないか」という事に。
 それじゃあ『山卸し』を廃止しようと。こうして『山卸し廃止』、今は短縮して『山廃』と呼ばれるお酒が誕生しました。
 今ではコンピューター制御でお米は精米歩合7%(機械で93%まで削る)くらいまで磨けるので、お米の芯の芯の芯のもっと小っちゃい粒でお酒が作れるんです。それで大吟醸のようなお酒を造ることができるようになりました。 
 

 甘酒に酵母菌を入れたら、甘酒の糖分は20%くらいなんで酵母菌がバクバクお米を食べて、アルコールを生み出すんですね。そうやってお酒になってくんですけど、酵母菌がうまく育つためには、甘酒を作る必要があったんです。甘酒を十日間ぐらい米と米麹とぬるま湯に入れて十日から二週間ぐらいほうっておくと何ができると思います?『味醂』ができるんです。
 味醂を作るとなると、糖分が40%くらいあって、酵母菌をいくら入れても甘すぎて酵母菌が死んじゃうんですよ。お弁当で甘いのって腐らないですよねあれ『濃度圧迫』といって、微生物が凄い濃い砂糖の中に入ると、即死しちゃうんです。体の水分が抜けて。で味醂に何回酵母菌を入れても、菌が死んじゃったんです。でも甘酒の糖分で二日くらいで20%くらいのアルコールの中に酵母菌を入れると、なんと『お酒』になったんです。これは凄い発見だったんですね・・・。 
 そして腐らせないために一刻も早く酵母菌を増やす。酵母菌って1ccあたり1億5千万匹くらいいますが、糖分があれば二時間で倍、さらに二時間でそれが倍に増えていきますから、大腸菌とか乳酸菌とか色んな敵がある中で、20%くらいの糖分ができた甘酒に酵母菌を入れると、二日で酵母が爆発的に増えちゃうんですよ。 麹はゆっくりゆっくり餌(糖分)を、色んな空中の微生物の餌を作っていくんです。ちょっとずつ。そしたらもう酵母しかそこにはいないので、酵母が真っ先に食べるんです。そして仲間を増やしていく。それが日本酒造りの初期段階なんです。かいつまんで言うと。
 十日目に酵母菌が1億5千万匹増えちゃえば、余計な菌が入ってきても増えないだけの絶対数があるので、11日目11%からずっと増え続けていくと、今度はどんどん酵母菌の仲間が増えすぎて餌が足りなくなるんですね。餌が足りなくて増えようがない。酵母菌て困った事に餌が無いと、菌同士で殺し合いをしちゃうんですよ。甘酒の糖分を食べてアルコールを出す、あれ実は相手(弱い酵母菌)を殺すためなんですよ。そうやってアルコールに弱い酵母菌が死んでいくんです。だから、アルコールが18.5%くらいになると、酵母菌は減っていくんです。 そして菌が減っていくと、微生物ですからお腹の中から色んな体の細胞がお酒に溶けちゃって、いやらしい味になるんです。
 だからアルコール度数が18.5%くらいになったら、酵母が死なないうちに出来たお酒を絞るんです。それが今の日本酒の作り方なんです。日本酒って味醂を発酵させてアルコールを作るのではなくて、麹がちょっとずつ餌を与えてやってそれを真っ先に、他の微生物に食べられないうちに酵母菌が食べて、18.5%という醸造酒としては世界一アルコール分になるんです。


~日本酒からくる俳句との繋がり

 季語ってありますけど、例えば僕が作ったこの『みぞれ酒』、どうして四季から見た日本酒か見てください。『みぞれ酒』というのは、江戸時代当時すごく寒かったんですよ。-10℃くらいでずっとお酒置いとくと、昔アルコール度数が低かったので、ただでさえ水を薄めたような『金魚酒(金魚でも生きていけるような薄い酒のこと。落語でよく「これおいしい!」とか言ってますけど、これはただ、「アルコール度数が高い濃いお酒だ」と言ってるだけ』は、過冷却現象で-10℃なのにお酒凍ってないんですけど、ちょっとでも持ったらバリッとみぞれ酒ができちゃうという物なんですよ。

 『花冷え』って言葉ありますけど、花見の時にお日様当たってるうちは良かったんですけど、杉浦日向子が言うには、宴会があって夕方になるとだんだんそよ風が吹いて段々寒くなるじゃないですか。だからそういう冷えた状態。桜の下の通る風が冷えて、お酒がちょうどいい状態で、でも体は寒いので、お酒でまた暖まるか、という言葉なんです。

 『人肌燗』てよく言いますけど、昔はホントに油が高かったんですよ。で、二宮金次郎いますね。二宮金次郎もどうしてあんなに勉強したかっていうと、彼は菜種をいっぱい植えたんですよ。そして種を菜種油屋さんに全部売って、油と交換したんですよ。そして灯篭に火をつけて勉強してたんですよ。で、薪を切ってアルバイトして、親父の酒代に回してたんですよ。すごい話ですけど、要するにそれだけ油(魚油は安かったけど、家中が煙でもうもうとなる)、菜種油などの植物系油が高かったんですけど
(話は変わって)ご主人は職人なんですよ。それを奥さんが(家で)待ってるんです。で、奥さんが酒屋さん入れ物持って行って、今日飲む分だけ買ってきて、それを股に挟んだりして縫い物しながらご主人を待ってるんです。
 そうすると要するに、昔江戸時代のお酒というのは「暖めることがおもてなし」というか、心を込めるということだったんですよ。
 で、もうちょっと賢い一流階級長屋の家だと、灯篭の油、菜種油で二時間くらいでお燗つけるんですって。こうやって炙って炙ってちょうど二時間くらいでちょうどいいお燗、暖かいお燗がついて、旦那さんを迎えれたんです。それが『人肌燗』なんです。これもたぶん俳句の創作・造語だったと思います。
 だから昔江戸っていうのは『冷や』『熱』『極熱』とかしか言葉が無かったんで、そこに俳句の世界が入ってきて、なんと温度だけで十一くらいの言葉ができてきたんですよ。だから、それ一つ一つ想像するのがとても楽しいなと思います。
 補足ですけどお燗するのがなぜそんなに流行ったかというと、お酒ってすぐ腐っちゃうからなんですよ。もう茹でて酒屋さんなんて新しいお酒を蔵から買ってまた足すと、それ腐ったらお終いだからまた茹でるんですよ。で新しいお酒を保存するんで、何回も何回も居酒屋さんも暖めて出した。
 暖めるっていうのも色々あるんです。今は電子レンジで、レンジでチンの燗もあるんですよね。あとは暖めるのは何があるかっていうと、例えば『蒸す』ていう事もありますよね。蒸すとアルコールが飛ばないんでまぁこれは湿度が多いからかもしれないんですけど。
 あとは『焼く』ていう事、未だに古い居酒屋ではやかん暖めて、やかんの余熱に入れてカァーと回して御燗をつけるという『焼き燗』というのがあります。これはちょっとお酒が焦げるんで、甘ったるいお酒をちょっと苦味を出すのに良いお燗の仕方なんです。
あとは御燗をつける『湯煎』というのがあります。おでん屋さんでもおそば屋さんでも皆そうなんですけど、お酒をこう「つける」と言います。うち僕が子供の頃、お客様がいっぱいいっぱい来たんですよ。すごい嫌だったんですけど、「奥さん、お構いなく」ていう言葉は、『奥さん、お燗はつけなくていいですよ』という意味だったんです。
(余談)
 僕一番残念なのは、うち囲炉裏と火鉢が二十個くらい家にあるんですよ。その炭を消してその灰の余熱で御燗をつけてたんで、それで水蒸気代わりになるんですよね。ちょっとした鉄瓶とか乗せてずっと。そして時間が経って時代が流れて今度は石油ストーブの上におでんとかお煮しめとか、お湯を張ってたんです。うちのオカンはね。そうして親父が帰ってきたら、そこでお燗をつけてたんです。
 しかしファンヒーターとかになってそれが無くなる、「何処でお湯つけるのか?!」という事になったんです。みなさん絶対加湿器持ってると思いませんそう、コンセントだけが多い時代になったんですよ。
 これってね、日本酒が衰退した最も憎い文明なんです。だってそれまで『おもてなし』という日本人の素晴らしい心があったわけですから。だから、(徳利を持って)これつけますよね。で、ひょっと(徳利の底を)見たらこう、指がちょっと入るくらい上げ底になってるんです。これ実は上げ底ではないんです。実はですね、お鍋に、「お酒煮て」とは言わないんですよ。「一本つけて」と言うじゃないですか。あれね、「沸騰してないお湯に浸けて」という言葉なんです。そうすると、下が温まり過ぎるとお酒が焦げちゃうんですよ。だからあえて、こんなに(徳利が)上げ底になってるんです。ピッタリ1.7合入るんです、これは。
 
 それでピッタリになると、空気が入りますよね?で暖められるから、空気の容積が大きくなって洩れて「ボコボコっ」てなるんですよ、お燗。そしたらここで『お燗番』の出番。料亭の大女将の『お燗番』という仕事です。
お燗番の人がお燗に指当てて今何℃くらいかなんて計るわけです。それでどんどんお燗慣れしてって、酒の膨張率を目で計ります。これギリギリまで入れるんです。そしてこれがFULLになったら何℃、って判断するんです。一目で分かるじゃないですか。あるいは指を突っ込んで今何℃っていうことがちゃんと分かるんです。昔の蔵の職人でも、お酒は65℃で殺菌しますからこう暖めてですよ、「のの字」を何個書けるかで温度を計ったんです。その人も感覚だから指突っ込むだけで温度分かっちゃうわけなんです。天ぷら屋さんと一緒です。
・・・まぁそういうことで、『人肌燗』をはじめとしたいろいろなお酒の温度を表す言葉があったんですよ。


 『花見酒』ってあるじゃないですか。花見酒っていうと桜、梅、桃。『三大花見酒』ってこの三つらしいんです、江戸の頃は。あとは『菊酒』(酒に菊を浮かべて飲む習慣)とか、うちの昔の蔵人は桜の下でずっと宴会やってて、そのうち桜の花びらが風でブワッと散るじゃないですか。で、自分のお猪口に花びらが入ったら「超ラッキー!」ってはしゃいだらしいですよ。
どうして花見酒がこんなに日本人に慕われるかっていうと、実は昔は職人たちのデートって殆ど花見だったんです。で、梅の後に首尾よく息が合えば今度は桜の花の何月に会おうねって。
秋になると紅葉じゃないですか。遊山、物見遊山。あんまりダイナミックにあけすけに人に見られるんじゃなくて、「今度は二人だけで山に行こう」なんてやるんです。そしてそれに成功したらだいたい結婚するんです。そう、ほぼ結婚したんですって。
 だからね、花見の時は女性は着飾って一番のお洒落して出掛けたんですって。だから日本の花見っていうのは、あんなに凄く華やかだったんです。江戸では雪すらも珍しいんで、どっかの金持ちの庭に雪が降ったら、障子の下が窓になってて、それで『雪見酒』したんだそうです。
そういう事もあったんだなといつも落語で聞いています。

 あと、秋になったら『虫聴き』ていうお酒があります。『虫』は昔江戸ではクワガタとかカブトムシとかヘラクレスオオカブト(※それはいないと思う)とか絶対売れないんですよ。
松虫・鈴虫・コオロギ、そういう鳴く虫が秋一斉に鳴く頃になると『虫売り』が来るんですよ。これ日本人だけなんですよ『虫聴き酒』。
みんなあの商売やってる人は娯楽が無いんですよ。だから野山・野原に出掛けていって静かに、丁稚奉公にはおやつ食べさせて番頭さん含め旦那も茣蓙ひいて虫聴きながらお酒やったんです。だからね『全てが日本酒のつまみ』なんです。
 殿様は当然舞踊とか三味線とか芸をつまみにしてたんです。 今は食べる事だけだと思っているかもしれないですけど、「(芸事や自然を愛でることすべて)みんながお酒のつまみ」、だからそういうことができるのは日本酒だけなんです。


酒造りから見た日本酒

 大吟醸って、あらん限りの技と文明の利器を利用した杜氏さんの心意気なんです一言で言うとお米を玄米が100%だとすると大吟醸を作る場合、最低限60%くらい米を削って糠にするんです。つまり40%にしちゃうんです。でもそんな大吟醸て3000~4000円もするじゃないですか。そういうお酒っていうのは、(米を)35%くらいまで残して作るんです。それが大吟醸。だって、お米の旨みって、米の表層にあるんですよ。それを削ぎ取っちゃうんです。50%糠にしちゃったら、たんぱく質がもう半減しちゃうくらい。 美味しい旨みがあるお酒を作ろうと思ったら、当然お米は削らないじゃないですか。だって旨みを残す。
 『旨み』って言葉を俳句の世界でなんか良い表現を・・・。 だって今の時代、『旨み』っていったら「味の素」とかいってるじゃないですか。そうじゃない!!おでん文化だってすき焼きのタレだってみんなタレ文化だけど、うちでは肉鍋作るでも、豚肉・砂糖・日本酒、7人家族でウチの父しかお酒飲まなかったけど、7人家族で昔は一升瓶を一週間で空けちゃうくらい、料理に日本酒を使うんですよ。何故かっていうと日本酒には旨味があるからです。さっき言ったように味醂があって、みりんをアルコール発酵させたら日本酒になって、日本酒を酢酸発酵させたらお酢になるんですよ。だからそのちょうど真ん中に位置する日本酒って、和食に合わない訳が無い。
 今みんなワインとか色々勉強してるけど、我々日本人ていうのは全国津々浦々(風土・文化を)そういう勉強してきたじゃないですか。だから日本酒が美味しいんですよ。
 だからこそ北は北海道、南は沖縄まで全国に酒蔵があるじゃないですか。それを郷土の料理と合わせて、合いやすいお酒を、沿岸部ならお魚に合いやすい淡いお酒が流行るんですよ。
 ウチみたいに内陸部で炭鉱に支えられたら、炭鉱のオヤッサンていうのはしこたまお酒飲むけど、薄いお酒は大っキライなんですよ。だから甘味とか旨みとかしっかり含んだものがね、滋養強壮になるようなお酒が昔はバンバン売れたんです。
 そういう風に風土・食べる物・・・中国とか大変なんですよ。中国は水が全然良くない。今は蒸留酒や薄いビールとかできてますけど。紹興酒(老酒)、老酒って真っ黒じゃないですか。何で真っ黒かって、安いお酒はカラメルとか入れて甘くしてるんだけど、本当の老酒って『古酒』だから。日本酒とほぼ同じ作り方なんですよ。だけどお米を全然磨かないで、熟成によって(味の)深みを与えるお酒なんですよ。どうしてかって言うと、中国の料理は油コッテリ薬草まぶしてとにかく強い火であぶる、火の文化なんですよ。そうすると、日本酒だと全然合わないんです。 
 (日本酒は)淡麗とか淡いということです。日本酒は海に囲まれて、新鮮なお魚がいっぱい取れるから、淡い方へ淡い方へとなったんですよ。杜氏さんていうのは、お米の旨みを残すのもいいんだけど、文明の利器と一緒にちょっとづつ雑味を削いでいこうかとか、どんどん欲が出る。 たんぱく質っていうのは殆ど(お米の)真ん中には無いんです。だからお米の表面だからちょっとずつ削っていく。今はコンピューターが凄いから、勝手にやってくれるんです。(昔はお米の精米師さんは杜氏さんと互角なくらい偉かったんですよ。お米割れちゃったら一巻の終りだから)
 一皮一皮剝いていって何が大変かって言うと、お米の雑味と一緒に『旨み』が減ってくんですよ。『旨み』を減らして『旨い酒』を作るって、どんなこっちゃ!!(笑)
 杜氏さんていうのは自分の米の個性を削って、自分の個性を出したいものなんですよ。簡単に旨みをお米に頼らない。だから三日三晩麹室に篭りきって、一時間おきにこのくそ熱いのに褌一丁でずっと麹の様子を見て・・・やってる事がね、ちょっと変態なんです。僕に言わせれば(笑)
 で、お米洗うときだって(乱雑に)ガーーって洗わないんですよ。とにかく米と米が触れ合わないように大量の水で10kgずつ大きな桶で洗うんです。米と米が当たったら削れ過ぎて、お米が粉々になっちゃうんです。だから、それはもうお米洗うだけで真剣勝負なんですよ。例えば玄米だったら一・二時間放っといてもぜんぜん水吸わないけど、これが(精米率)35%のお米だったら、すぐに水を吸う。山田錦(酒造好適米の代表的な種類)とか使うと、一俵4万円くらいするんですよ。それを35%削ってしまうと、既にこれで全部8万5千円くらいになってしまいます。
 それを使ってストップウォッチ使いながら何秒水に漬けるのかを計る、その何秒水に漬ける時間が狂っただけで、コンマ0.何秒間お米が水を多く吸ってしまったら一巻の終りなんですよ。
 日本酒って単純なんですよ。ラーメン屋さんがスープ取るみたいに「アゴ何本、かつお節なんぼ」とか言わないですから。米と水と麹だけなんですよ。でもたったそれだけをもう、いかに精査するか、それが大吟醸の世界なんですよ。
だから今日は、大吟醸という言葉だけでも覚えていただければいいなと思います。


~日本酒の文化は『器文化』~
 
 
 日本の酒器、日本酒の一大特徴を一つ憶えてほしいんですよ。日本酒っていうのは『器文化』なんです。
こんなでっかい72リットルくらいある『樽』を作ります。だけどこのままだと板のままだから、お米って昔俵、藁で包んで藁で入荷されてきましたから、この藁がもったいないから、樽が割れないように樽に巻いて、保護します。これが『菰樽』。未だに職人さんが何十年と作っています。



 こも樽のまんま入荷する訳じゃなくて、樽が入ってきたら、職人さんが藁で菰を作って巻くんですよ。それを造り酒屋さんが小売の酒屋さんに売りますよ。小売の酒屋さんは大きな壺に移し替える。そうすると町娘さんが徳利を買って(貸し徳利)もってきて、量り売りしてもらう。徳利』と『銚子』の違いって分かりますか?柄が付いていているのが 『銚子』です。『徳利』に注ぐものなんです。この時に壷から台に乗ってお客さんの『徳利』に『銚子』で移す。で『銚子』から柄が抜けたら『諸口』、諸口が片方になったら『片口』という形になるんです。
 
 『貸し徳利』で買ってきたお酒は家の小犀徳利に移し替えてお燗つけたりして、次は『お猪口』に注ぐんです。差しつ差されつなんて言葉がありますけど、昔お酒はめちゃくちゃ貴重な物だったんです。だから絆を繋ぎ合わせる、ていう意味でもこのお猪口、大切に契り交わしたり師弟関係を結んだり、職人とちゃんと語り合うのは皆これだったんです。
差しつ差されつって今、すごく面倒くさいて言うけど、実際これ凄い面倒くさいんですよ。(笑) でも、そうやって膝を突き合わせて飲める文化ってね、実はあの、くよくよした時なんか、本当は必要なんじゃないかな。 
 今はボトルからコップなので、(器から器への)ショートカットも甚だしい。だから、片口や徳利などの『焼物・陶芸文化』も含めて愛してほしいと思います。

ようするに何が言いたいかっていうと、日本酒って言うのは『世界最大の容器から、世界最小の容器』で、バトンタッチして呑むものなんです。だからその世界の様々な、一つ見ただけでこれくらいの(器の)文化、ショートカットしたから職人がいなくなっちゃうじゃないの、それでいいのかってのそれが(今の時代の風潮の)グローバルスタンダードかっ!!って。そんなことはないっ!!(了)





北の錦・小林酒造株式会社
北海道夕張郡栗山町錦3丁目109番地 0123-72-1001
http://www.kitanonishiki.com/

直営店・地の酉地の酒 七番蔵
札幌市中央区南2条西4丁目フェアリースクエアビル1階 011-271-1947
http://kitanonishiki.com/nanaban/index.html



台本なしの本音トーク、お楽しみいただけましたでしょうか。あまりに熱の入ったお話で、抄録作成に時間がかかってしまいました。
俳句集団【itak】では今後とも、広く面白い企画をご準備したいと思います。
みなさまのご声援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。
 

そしていよいよ来週末は第九回俳句集団【itak】です!
初の高校生による研究発表です。
どうぞみなさまお誘いあわせのうえお越しくださいませ。


☆抄録:三品吏紀(みしな・りき) 北舟句会


 

0 件のコメント:

コメントを投稿