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2017年3月3日金曜日

俳句集団【itak】第28回イベント抄録

 
 
俳句集団【itak】第28回イベント抄録
 
『うちらには日本語がある』
山之内 悦子(通訳者)


 
 
2016年11月12日 札幌・道立文学館
 

 ◆日常語を変え続けた人生

 私が今日、ここに立つ唯一の資格は松山出身ということだと思います。でも実は7年ほど前までは俳句をずっと避けてきました。松山には、あちこちに句碑がありすぎるゆえにその気になれなかったのかもしれません。

まず、自己紹介も兼ねて手短に自分の人生についてお話します。一番の特徴は、日常語を何度も変えざるを得ない人生を送ってきたことです。四国山脈の山奥の村で育ち、小学5年生のときに松山市内に引っ越しました。松山とは40㌔くらいしか離れていませんが、方言がかなり違う。北米だと、何百㌔、何千㌔離れていても、言葉はあまり変わりません。日本や英国などは、あまり交通手段のない時代に、それぞれの言葉が、それぞれその場で発達し、方言がいまでも歴然とある。そこが、言葉に彩りのできる面白い点なのですが、当時は、「山猿」と笑われないように一生懸命、(松山市内の)伊予弁に直しました。嫌だったのは、親の呼び方を変えることでした。「かあちゃん」から「お母さん」。他の人を呼んでるみたいでしたが、変えないと恥ずかしいと妹たちが言ったこともあって無理して変えました。

中学高校で伊予弁に慣れたと思ったら、大学は東京に行きました。伊予弁は関西弁に似たイントネーション。東京弁とはほとんど真逆です。学生時代、東京に妹たちが来た時には「電車の中ではだまっとらんといかんよ。田舎もんと思われるけんな」と言って聞かせました。今思えば本当に情けないかわいそうなことをしたと思います。さらに、東京の言葉に慣れた後、今度はカナダに住むことになりました。大学4年の時に一年間の交換留学でBC州のビクトリア大学へ行ったのです。それが縁で、30年近くカナダに住んでいます。今度は、英語がまともにできないと対等に扱ってもらえないという悲哀を味わいました。

私は、生まれ育った村の言葉で話すとき、両親と話すときが一番、素の自分になれます。それなのに、その後、伊予弁、標準語、英語と日常語が変わっていくたびに、元の言葉よりも新しく慣れなければならない言葉のほうが、世界において勢力、あるいはヘゲモニー(覇権)を持っていました。つまり素の自分を何度も脱ぎ捨て、新しい衣を着なければならなかったわけです。悲しく悔しく感じることもあったけれど、そうせざるを得ませんでした。もちろん世界で起こっている様々な差別の被害者の苦しみと比べれば取るに足らないものだったでしょう。けれど、悲しかったのは事実です。

10年ばかり前にカナダの大学院で教育社会学を勉強していたときに、イタリアの政治思想家、アントニオ・グラムシの言葉に出合いました。ムッソリーニ政権下で投獄され、長年の拘禁生活が原因で若死にした人です。彼は、『獄中ノート』などにおいて、文化における「覇権」という概念をしっかりと捉え表現しています。単純に言うと「権力を持っている側は、自分たちの文化のほうが、抑圧している者たちの文化よりレベルが高く尊いと相手に思いこませる。そういう戦略を持っている」という考えです。この言葉を読んだとき、私はそれまでの一生を、それに踊らされてきたなと思いました。常に新しく出会う文化が上で、それに合わせないと恥ずかしいと思ってきた。相手の思うつぼだった。権力を持つ側の言うことを内面化してきた、と思い至ったのです。以来、そういった覇権主義の内面化を解除する一助となりたいと思ってきました。

カナダに30年以上住み、通訳者としても長年外国語で話してきましたが、伝えたいことを100%言い切れてはないな、という感じを抱くことが度々ありました。ただ、幸せだと思えるのは、日本語はまず、この世から消えてなくなることはないだろうということです。例えば、世界には消えていく言語が、年間に百ほどもあります。その多くが先住民の言葉です。カナダでは私も民族的マイノリティ(少数派)として暮らしてきたので、やはりマイノリティの気持ちが気になり、長年、先住民の支援をして来ました。そこで知り合った先住民族の詩人ジュネット・アームストロングさんがある時「夜中に目が覚めて、もう自分の言葉で話す相手がいなくなる、あと10年もしたら死に絶えてしまうと思うと、悲しくて眠れなくなる」と述べていました。また、アイヌ民族で初めての国会議員となった萱野茂さんの通訳も何度か務めたことがありますが、講演会でこうおっしゃっていました。「もし日本人が、これから日本語を使うことを一切禁止されて、英語しか使ってはいけないと言われたら、皆さんはどういう気持ちになりますか。アイヌ民族にはそんなことが起こったのですよ」と。両方とも、とてつもなく重い言葉です。皆さんも沖縄の「方言札」というのをご存知かと思います。琉球の言葉をなくし、大和言葉を押しつけるために、小学校で方言で話すと首からその札をかけられていたのです。このような屈辱的なことが数多く起きているのが人間の歴史です。幸いにも植民地となったことのない日本では、日本語は傷付かずに残っています。でも国内では、差別と言語消滅の危機が起こってきたことを忘れてはならないと思います。

カナダに住んでいると、地名にあまり面白味を感じません。バンクーバーの通りの名前は、数字に加えて「ツガ通り」「カラマツ通り」などの樹木の名の他には植民地化してから英国の人物や地名にちなんで付けられた「ネルソン通り」「トラファルガー通り」などがほとんどです。英国系カナダ人には面白いかもしれませんが、他の民族にはあまり意味がありません。日本に帰ってくると、どこに行っても、その土地の歴史が想像できる地名であることがとても幸せです。昔ここに馬がいっぱいいたから「駒場」なのかなとか、「目黒」とは、何の目が黒かったんだろうとか考えるだけで楽しくなります。ここ北海道の地名はアイヌ語由来がほとんどだと思いますが、日本語とアイヌ語を併記した道路標識を作る運動があったようですね。例えば「近文(チカプニ)」は、鳥の「チカップ」と場所の「イ」がつながって「チカプニ」となり、当て字が使われたというふうに(cikap-un-i=鳥-いる-所)。旭川市内の標識には、アイヌ語の元の意味が分かる標識を30カ所あまり、作ったとのことですが、それ以上にはあまり広がってはいないようです。道内全土に広げれば、アイヌ民族にとって、祖先がどうその土地と関わってきたかが理解できて意味があると思いますし、住んでいる人や訪ねる人にとってもその土地の物語が感じられると思うのですが、いかがでしょうか。


 ◆自主的な植民地化

日本語は、どこからもだれからも取り上げられず続いているのに、日本人は、自主的に文化の植民地化に手を貸しているようなところがあります。もともと、外来のものを取り入れることが好きな民族であるおかげで中国の漢字が入るなど、言葉が豊かになるという恩恵も受けてはきました。また、言葉は変化しなくなったら、活力を失う運命にあることも確かです。人が変わり、時代が変わるにつれ文化が変わることは当然だといっても、それにしても、言葉をこれほど急激に変えるのはどうかなと思うことが多い。

例えば「ナスターチアム」「ナスタチュウム」(Nasturtium)を御存じの方はおられますか? ではキンレンカ(金蓮花)と聞いて、どんな花かを頭に浮かべることができる方は? 園芸が好きな人でないと馴染みはないかもしれませんが、「金蓮花」という言葉ならば、金色っぽい黄色やオレンジ色の花で蓮のような葉を持つ植物を想像できるのではないでしょうか。で、そういう説明を一度聞けば簡単に名前を覚えることができるでしょう。けれど「ナスタチュウム」と聞いても、とっかかりがないために覚えようがない。ことに外来語に弱い年配の人にとっては難しいのではないでしょうか。そのような言葉がどんどん日本語に入ってきています。

私は実家に帰るたびに、88歳の父から、紙に書いたリストを渡され説明を求められます。例えば「プラシーボ」と書いてある。この言葉の意味をみなさんご存知でしょうか? 「プラセボ」とも言いますが「偽薬」のことですよね。「お父さん、こんな言葉どこに出とったん?」と訊くと、「主治医が言うたんよ」と言う。こんな言葉を88歳の患者に使う医者の言語感覚って??と思います。父の世代は、若い頃に横文字を学ぶのを禁じられた世代。でも今は、外国語から入ってきた言葉は日本語の中に否応なく入り込んでくる。

そのほか、父のリストには、「環境アセスメント」「セーフティネット」などと書いてあります。父は昔から投書魔で、新聞を読むのが好きでした。そういう人が分からない言葉を載せる新聞を作ってどうするのか、と思います。横文字に馴染みがない年配者が大勢読んでいるのに、平気で新聞やテレビのニュースには出ている。おかしくありませんか? ニュースはみんなに分かってこそ。マスコミの方々にはもっと、外国語になじみのない人も、高齢の人も読めるものを書いてほしいと思っています。世の中には、国粋主義者的なことを言いながら日本語を粗末にして、段落ごとに必ずと言っていいほど英単語のカタカナ読みを入れるような政治家もいる。そのほうが学があるように見えるとでも思い込んでいるのでしょうか? 意思伝達のためには、大勢がわかる言葉を使う方が効果的なのではないかと思うのですが・・・。

 カタカナ語の多さには辟易しますが、そうはいっても、やはり日本語は、それらを上手に取り入れている器用な言語だとも思っています。例えば「ランナー」という言葉。日本語では、道を歩いてバッグを取られ、追いかけている人に対してランナーとは言いませんね。何らかの競技をして、走っている人の意味。一方、英単語の「runner」は、意味が山ほどあります。ただ走っている人も、競技の人も、ストッキングの伝線も、ほふく植物のほふく枝も、いろいろな走るものや長く伸びるものを「runner」という。日本語では、その中で一つの言葉を取り上げて、ある意味を持たせている。日本語の語彙を増やす効果的な方法だと思います。「テーブル」もそうです。日本語では、だいたい食卓の意味ですね。英語の「table」の定義は、「板の下に普通は4本の足があり、その上で食事をしたり、作業する台」とあります。作業の中には、カイロプラクター(矯正士)が、施術するのも入る。日本語では「テーブルの上にお乗り下さい」とは、よほどのことがない限りは言われませんよね。「トラブる」という言葉も、「トラブル」の「ル」を「る」に替えて、動詞にしている。問題を起こして一悶着するという意味。「揉める」よりも、少し軽い表現、不手際でうまくいかなかったと言うニュアンスを持たせています。とても面白いと思います。

日本人には、英語コンプレックスを持つ人も多いですが、もうすでに日本語の中に英単語がちりばめられています。だから、実は誰でもかなり英語の語彙はあるのです。このことは、言語社会学者の鈴木孝夫氏が著書『日本人はなぜ英語ができないか』で詳しく書いています。テーブルやランナーなど、日本語はかなり英語の言葉を取り入れていますが、その中で特化した意味だけで使うことがあることをわかっていないと、それをそのまま英語の文章のなかで使うとおかしなことになることがあります。例えば「ナイーブ(naive)」。日本語では、例えば芸能人についての表現の「ナイーブな微笑み」など、「繊細な、貴公子っぽい」という良い意味で使っています。でも、英語圏に留学に行って「あなたはナイーブね」と言われたら、喜んではだめ。「アホですね」と言われているようなものですから。世間知らずであまりに無邪気だという意味です。日本語に入っている英単語を使う際には、こういう点にご注意ください。

井上ひさしさんは、辞書を読むのが好きでしたが、みなさんも、ぜひ時間があるときに辞書を読んでみてください。カタカナ用語事典を端から端まで読むと、どういうわけで外国語が日本語に取り入れられたかが見えてきて興味深いですよ。今のカタカナ語の多さには閉口するものの、例えば「金蓮花」も、もとは中国語から来ているものだけれど、日本語の一部として定着している。日本語は変化するのに巧みな言葉、たくましい変化をしてきた言葉です。まあ、それは他のどんな言語にも言えるのかもしれませんが、そんな面白いところを見つけ出す。俳句を詠まれる皆さんの活躍どころの一つかもしれません。

 
 ◆英語のフィルター

それにしても、英語がこれだけ世界で威張りくさっているのは由々しき事態だと思います。なんでこんなに威張るかねえと思うほどですよね。インターネットの普及で、英語を読める人とそうでない人との間の情報量の格差がさらに開いています。英語を知っているのは、確かに便利です。韓国の人ともロシアの人とも英語で話せる。便利ではあるけれど、これほど英語が幅を利かせていると問題も出てきます。例えば、先日通訳したある国際映画祭で、インドネシアの映画監督が、せっかくインドネシア語⇔日本語の通訳者がいるのに、自ら英語で質疑応答をするという場面がありました。聞いている人は圧倒的に日本人が多く英語人口は少なかったのに、英語で受け答えした方が直接世界と対話しているという感じがするのか、インドネシア人が英語で話すのを私が日本語に通訳するという具合になりました。でも、やはり本当にそれですべてが通じているのか疑問に思いました。母語で話した方が思いの丈が伝わることが多いのではないか、と思ったのです。

英語以外の言葉で作られた作品で国際映画祭に応募する場合は、まず英語の字幕をつけて送ることが多いようです。そのため、インドネシア語の映画もスウェーデン語の映画も、英語の字幕を見て、それを日本語字幕に直すといったことが起きがちです。だから、一度、英語のフィルターがかかることになる。何語の映画でも、そういうことが多いのです。

それぞれの文化に言葉は密着しています。例えば、日本語にはあるけれど、英語にない言葉はたくさんある。逆もまた真なりです。すぐに思いつくのが、「懐かしい」という言葉です。日本人は懐かしがり屋なのでしょうか、カナダに住んでいると、納豆を食べただけで「あ~懐かしい」と言う。先週も食べたりしてるんですけどね。「懐かしい」を英語に訳すとなると、「ノスタルジック」という言葉がありますが、これは大袈裟な懐かしがり方です。兵士が遠征しているときに、故郷の歌を歌うとみんなホームシックになって、士気が下がる。泣き出す人もいる、病気みたいになるので、その歌を歌うのを禁止したことが昔にはあったそうです。そのときの現象が「ノスタルジー」と言われ、それがフランス語から英語に取り入れられたと聞いています。そのほか英語では、子ども時代を「思い出させる」などの意味の「remind(リマインド)」という動詞を使う。または「This takes me back to my childhood」と言ってみたり。それだと少し懐かしがり方が「ノスタルジック」よりは日常的になるけど、日本語の「懐かしい」ほどには多用されてはいないように思います。

そのような状況の中で何にでも英語のフィルター通すと変なことが起きます。たとえば「assertive(アサーティブ)」という言葉があります。日本語には訳しにくいのですが、自分の思うことをしっかり述べる、主張できる能力のことで英語圏では高く評価されているように思います。日本語には「自己主張」という言葉がありますが、あまりいい意味では使われない。古いですが「青年の主張」くらいだと悪くなかったけれど、「女の自己主張」などと言うと、昔も今も評判が悪い。カナダの大学に研修に行った日本の女性問題研究会のグループの通訳をした際、「assertiveness training」という言葉の訳し方で困りました。日本語で「自己主張する力の訓練」では余計なニュアンスがついてしまいます。一言で説明しにくく、「自分の思うところをきちんと主張する能力を伸ばす」だと長すぎます。なので、まず「アサーティブ」という言葉の定義を説明してから、訳さずにそのまま「アサーティブ」で通しました。

一事が万事、翻訳・通訳は、多かれ少なかれ無理して相手に合わせています。ほとんど同じサイズだけれど、わずかに袖丈が長かったりして、どこか合わないところがある洋服に自分の身体を無理矢理入れるようなところがあります。通訳で一番難しい点は?とよく訊かれますが、「いつでも100%重なっているわけではないのに、意味を通じさせなくてはならず、気持ち悪いところを我慢しないといけないところです」と答えています。こう考えると、何もかも英語一辺倒では、画一的な世界になってしまうのではないかと心配になるのですが、杞憂でしょうか。

そんなこと言いながら、なんで英語の通訳をやっているの、と訊かれることがありますが、それは乗りかかった舟だからです。英語を勉強してみたら、とても面白かった。話すことが好きで、思うことを伝えたいという私に向いていました。四国の山奥で育ち、「女の子のくせに、そんなに何で何でと訊いていたら、嫁入りできない」と言われていました。高校生のとき、往復で50分の自転車通学の途中、NHK英会話の寸劇の台詞を、一人二役でやっていた。まったく違う人格になったみたいで、ものすごく面白かった。抑圧がない世界に思えた。それは幻想だったと後で分かるのですが、違う人格を演じているようなのが楽しくて、英語を追求したいと思うようになったのです。もっともっとと追求するうちに、通訳という職業についていました。本当は芝居がしたかったのですが、それでは食べていけず通訳者になりました。

通訳者を介しての取り引きや講演では、難しさや欲求不満を感じることがあるかもしれません。その隔靴掻痒の感がわかるからこそ、精進して最上の仕事をしなければと思ってやっています。少数者の一員としてカナダに住んでいることもあり、常に先住民族のことが気になっていますし、アイヌ民族主催の二風谷フォーラムなどでも何度も通訳をしてきました。心惹かれる分野の知識は、自分の中に蓄積していく。そうなると、その分野に無関心の通訳者よりも、良い仕事ができるようになるのは当然です。話している人の気持ちを汲むような通訳も目指し易くなります。

 
 ◆自文化を知ることと多様性の大切さ

いくら英語を生業としていても、先ほど申し上げた通り英語帝国主義には批判的な立場です。例えば、横文字で名前を書く際に、氏名をひっくり返す人が多いですね。私は植民地化されたみたいで嫌です。私のライフワークともいえる山形国際ドキュメンター映画祭では27年間通訳してきましたが、反植民地主義といった考え方が根底にある映画祭であるからか、日本語の氏名はひっくり返さない。アジアの他の国々を始めとして世界中の人の名前を、自国で使われている順番で表記します。カタログでもそうしています。でも英語風にひっくり返すイベントや会議の方が日本には多いんでしょうね。日本に住んでいるアメリカ人が、日本語で話しているからといって「僕の名前はスミス・ボブです」っていう人は少ないですよね。「ボブ・スミスです」と言う。英語で話したり書いたりしているというだけで、どうして日本人はひっくり返すのか? そこが自主的な植民地化と思えてしかたありません。日本では小学生から英語を教えることになりましたが、そこらへんのことも心配です。多勢に無勢で、きっとそういうことになってしまうのだろうなと悲観しています。

全人類が破滅に向かっていると感じている人は今多いと思います。どの時代にも終末論はあるから、今回もそうはならないかもしれないけど、英知を寄せ集めないと人類が生き延びるのは難しいと私自身は感じます。そんな世界にあって、いろんな文化が残ることが人類存続の鍵になると思います。カナダの遺伝学者にデヴィッド・スズキという人がいます。日系の著名人で、環境擁護運動をけん引してきた人です。その方が、萱野茂さんと共同の講演で、まさにそのようなことを言っていました。「人類が生き延びるためには多様性が必要です。こうやって先住民の皆さんが、今まで様々な文化を伝えてきたことに心から感謝します」と。この言葉に聞く耳を持つ人はまだまだ少ない。カナダでもそうですが、それでも徐々に増えつつあります。

文化が違うと言葉も世界の見方も違います。たとえば花の名前の付け方ひとつでも違う。「キンギョソウ」は、中国から来た言葉らしいですが、英語では「snapdragon(スナップドラゴン)」と言います。竜がガッとかみつくところのように見えるためらしいです。英語圏の人たちは、ずいぶんと怯えてるなあ、こんなにかわいらしい花なのに、金魚がひらひら泳いでるよりも竜が襲いかかってるように見えるのかなあ、それともキンギョソウよりも後の時代になるまで金魚を見たことがなかったのかなあ、などと思います。欧州の他の言語でも、キンギョソウを「獅子の口」といった物騒な言葉で呼ぶことが多いようです。この例一つを見ても、世界にはさまざまな見方があるということがわかります。覇権主義ではなく、さまざまな言語や文化が対等にまじわれば、互いに学びあえるのになと思います。

この点においても、日本語の奥義を追求する「俳句」をなさるみなさんは、希望の星だと思います。真の国際化や多様化は、まず自分の文化をよく知ることから始まりますから。カナダで私は、通訳者・翻訳者を目指す人達を教えていますが、せっかくカナダに来たのに、日本人同士で話してばかりだという悩みをよく聞きます。私は「カナダには黙っていることを美徳だとは思っていない人たちが多いことは分かっているよね」とアドバイスします。黙ってニコニコしていても、なかなか友達になってはくれない。この子は面白い、自分が思いつかなかったような事を言うこの人の考えをもっと聞いてみたい、とカナダ人が思えば、英語が拙くても、分かりにくくても、辛抱して話してみる気になる。通訳者養成講義では毎回お題を出し、例えば「日加のバレンタインの祝い方の違いについてどう思うか」などというテーマで、1分ばかり英語でスピーチをしてもらったりなどして、自分の考えをまとめて言葉にする訓練をしています。

北米は、言葉にしてナンボの文化です。昨日、羽田空港に向かう途中に、大きな広告があって、「言葉に頼りすぎると退屈な女になっていく」とありました。「言ってくれるわね」と思ったけど、確かにそれもそうかもしれません。一理あるのは認めます。ただ、言葉に頼らない場合、人間はどうやってわかり合えるか。 表情? 触れてみる? 会う人みんなに触れるのは、ちょっと法律に触れますね。だから、言葉に頼るしかない。なるべく一生懸命、言葉を使ってコミュニケーションを図るしかない。けれど、そこで難しいのは、個々の単語の理解の仕方に個人差があるということです。例えば「バカ」という言葉一つとっても、子どものころから親に愛情を込めて「バカだねえ」と言われていた子と、その言葉を投げつけられた後に何が飛んでくるか分からないような中で育った子とでは、全然違う感覚を持つでしょう。辞書の定義を見ても、通訳をしていても、私たちは一体どれだけわかり合っているのかなと思っています。一つひとつの言葉の定義が、みな一人ひとり違う。世界に紛争は絶えませんが、人類の大半が、まあまあ礼儀正しく生きているのはたいしたものですよね。なかなか分かり合えないながらも人は分かり合いたいという気持ちが強いのでしょう。人間はそんな、いとおしい生き物なんだと思いながら、通訳をしたり教えたりしています。みなさんも俳句を通して、豊かな毎日をお過ごし下さい。今日は拙い話をお聞きくださってありがとうございました。
 
(了)


※諸般により第28回の抄録公開も遅れましたことを、あらためてみなさまにお詫び申し上げます(事務局)。 


2017年3月1日水曜日

俳句集団【itak】第27回イベント抄録(スライド資料)












※諸般により第27回の抄録公開が遅れましたことを、あらためてみなさまにお詫び申し上げます(事務局)。

俳句集団【itak】第27回イベント抄録

俳句集団【itak】第27回イベント抄録

『 知って得する!俳句の文語文法 』


~イベントを終えて~
 
松王かをり(俳人)
 

 
2016年9月10日@札幌・道立文学館
 
 
 まず、諸事情から、イベントの抄録がこのように遅くなってしまったことをお詫びしたい。
 
 俳句の文語文法についてitakで話をすることになったものの、さて、どのように話をしようかと悩んだ。というのも、普段予備校で教えているのは、入試に必要な文語文法である。年齢層もばらばら、現在学校で文語文法を学んでいる高校生もいれば、俳句歴は長いけれど、文語文法はもうすっかり忘れてしまったという方もいる。それで、考えた末に、俳句の文語文法でわからないこと、聞きたいことを、まずアンケートでお尋ねし、それに答えるという方法を採ることにした。

 次に悩んだのは、1時間余りの時間をいかに使うかということである。予備校の授業でも、文法ばかりの話は30分で限界である。そこで、前半後半に分け、第一部では、正岡子規の〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉を「ぬべし」に注目して、文法から読み解いてみることにし、第二部で、アンケートのご質問に答えるという構成にした。

 以下は、第二部の抄録である。句会の時間が押していたので、少々早口にもなり、お聞き苦しいところが多々あったことと思われるし、最後に質問の時間を取ることができなかったことも悔やまれる。ご意見、ご感想があれば、ぜひお聞かせいただきたいと思っている。 
第二部 ご質問に答えて
 
 第二部は、事前にいただいたみなさんからのアンケート(「俳句文法に関して日頃疑問に思っておられることがらをお書き下さい」)のご質問に答えるという形をとった。
 また、文法の説明だけでは退屈なものになるかもしれないと思い、練習問題を別紙で準備し、知識の確認をした。

 以下、そのQ&Aである。
 
【文法&仮名遣い】について(スライド資料2)

Q 文法と仮名遣いを混同してしまいます。
A 文法の種類に文語文法と口語文法があり、仮名遣いの種類に旧(歴史的)仮名遣いと新(現代)仮名遣いがあります。したがって、俳句の種類としては、A文語&旧仮名遣い B文語&新仮名遣い C口語&旧仮名遣い D口語&新仮名遣いの4種類とEその他(文語と口語の混在など)が考えられます。〈ドリル1〉の「5屠蘇散や夫は他人なので好き」は、口語で詠まれているものの、文語文法で使用する切字の「や」を使用しているため、厳密に言えばEのその他になります。文語と口語の混在を否定する見解も多く聞かれますが、私個人としては、「や」「かな」といった切字との併用まで否定してしまうと、俳句の世界が狭くなるような気がしています。
 
【動詞】について

◇ 表記の問題(スライド資料3)

Q 「い」と「ゐ」や「ひ」、「う」と「ふ」や「ゆ」、「え」と「ゑ」や「へ」の表記があやふやです。
A その動詞の終止形を考えてみることです。ハ行なのか、ヤ行なのか、ワ行なのか、ヤ行の「い」と「え」はア行と同じ表記をしますし、ワ行ならば、「ゐ」「ゑ」の表記となります。また、俳句によく使われる動詞で、活用の行に関して注意が必要な動詞を覚えておくとよいと思います。
 
《活用の行で注意が必要な主な動詞》

ア行(下二段活用)・・・「得」「心得」の二語のみ
ハ行(四段活用)・・・「歌ふ」「思ふ」「買ふ」「恋ふ(古くは上二段活用であるが、中世末期から四段活用への移行が見られる)」「縫ふ」「這ふ」「舞ふ」など多数
  (上二段活用)・・・「強ふ」「用ふ」など
  (下二段活用)・・・「耐ふ・堪ふ」「終ふ」など
ヤ行(上一段活用)・・・「射る」「鋳る」
  (上二段活用)・・・「老ゆ」「悔ゆ」「報ゆ」の三語
  (下二段活用)・・・「癒ゆ」「覚ゆ」「聞こゆ」「消ゆ」「越ゆ」「冴ゆ」「絶ゆ」「冷ゆ」「見ゆ」「萌ゆ」など多数
ワ行(上一段活用)・・・「居る」「率る」など
  (下二段活用)・・・「飢う」「植う」「据う」の三語
 
◇ 動詞の活用の問題(スライド資料4)

Q この活用の仕方は間違っていると指摘を受けることがあるのですが・・・
A 一番多い活用の間違いは、下二段活用の連体形かと思います。後に、この活用が下一段活用に移行していきますので、たとえば、下二段活用動詞「流る」の連体形は「流るる」ですが、それが「流れる」となっているような句をよく見かけます。要は、しっかり下二段活用のパターンを覚えておくということに尽きると思います。ただし、この下一段活用への移行は、すでに江戸時代には行われていたようで、芭蕉の句にも出て来ます。ですから、一概に間違いということはできないし、さらに言えば、下二段活用の連体形を知っているけれど、何らかの効果をねらって、敢えて下一段活用の連体形を使うということもあり得ると思います。
 
◇サ変複合動詞の問題(スライド資料5)
 
Q サ変の複合動詞についての質問です。「風花す」といった使い方をよく見かけますが、本来のサ変複合動詞の使い方から鑑みて、これはどうなのでしょうか。
A サ変の複合動詞は、その多くが漢語の名詞に「〜する」という意の「す」が付いたもの、「動作性の名詞」に「す」が付いたものです。したがって、たとえば、自然現象である「雨」に「す」をつけて「雨す」、「雪」に「す」をつkて「雪す」などは、やはりおかしいということになります。そういうことから言えば、「風花」に「す」をつけた「風花す」は正しい使い方とは言えないと思います。本来なら、「風花舞ふ」などというべきでしょう。けれど、現在では、俗語として「お茶する」などという使い方もよく耳にします。俳諧は、俗語を詠み込むことも厭いませんでしたから、敢えて、俗語感を出したいという意図から使うこともあるかと思います。ただし、音数が合わないからというような理由で安易にサ変動詞を作る事は、やはり問題ではないかと私は考えます。仮にサ変動詞を作ったとして、それが、句の中で活きているかどうかということと、それが本来のサ変複合動詞の使い方からは外れているということの意識は必要だと思います。
 
【形容詞】について

◇ 「けれ」止め、「かり」止めの問題(スライド資料6&7)
Q 有名な句の中に、「ががんぼの脚の一つが悲しけれ 虚子」のように形容詞の已然形で終わっているものや、「春の山屍をうめて空しかり 虚子」のように連用形で終わっているものがありますが、それをどう考えればいいのでしょうか。
A まず、形容詞の「~けれ」で終わっている句についてですが、たしかにこれは形容詞の已然形です。本来は、「係り結びの法則」で、強意の係助詞「こそ」の結びとして「已然形」になっていたものが、時代が進むにつれ(文語文法の下になっているのは平安時代の和文です)、係り結びの混乱等の中から、「こそ」がなくて「已然形」で止めるという形(已然形終止とも呼ぶ)が出て来たものと思われます。室町時代の和歌にも見られるので、間違いとは言えないですけれど、敢えてこの形を選択する場合には、そういうことをわかった上で使う必要があると考えます。
次に、形容詞の「~かり」で終わっている句についてですが、詠嘆の助動詞「けり」の省略、例えばご質問の句で言えば、「空しかりけり」の「けり」が省略された形とも考えられますし、形容詞「多し」は、終止形に「多かり」を持っているので、それからの波及で「空しかり」を終止形としても使うようになった(カリ活用の本活用化)とも考えられます。これは、江戸時代にも見られますので、「~けれ」止めと同様に間違っているとは言えないと思いますが、やはり、敢えてその形をとる必要があるかどうかを考える必要があるでしょう。
 
【助動詞】について

◇ 過去の助動詞「き」をめぐる問題(スライド資料8&9)

Q 「洞窟に似し一流の毛皮店 大牧広」「白牡丹ふたつ開きし朝ごはん 黒田杏子」といった句に出てくる「し」は、過去の助動詞「き」の連体形だとおもうのですが、これらの句の場合は「存続」あるいは「完了」のような気もしますが、いかがでしょうか。
A たしかに、「き」という助動詞は、本来は過去の助動詞です。ただ、たとえば『角川 全訳古語辞典』には、「平安時代末期以後には、動作・作用が完了して、その結果が存続している意を表す用法が見られ」とあって、平安末期には、すでに「き」という助動詞を、「過去」のみならず、「完了・存続(結果存続)」としても使っていたようです。芭蕉に「蜻蜒やとりつきかねし草の上」、蕪村にも「梅ちりてさびしく成しやなぎかな」の句があって、「存続(〜している)」や「結果存続(ある動作・作用が完了して、その結果が続いている)」の意味で使っています。おそらく韻律の関係もあって、和歌などから始まった使い方ではないでしょうか。したがって、存続の助動詞「たり」や「り」が使えない時に、「き」を使うというのは認めていいと私は考えます。ただし、この使い方を嫌う歌人、俳人がいることも事実です。
 
 
以上(次項スライド資料)
 

2017年2月18日土曜日

第29回句会 投句選句一覧④







































#投句・選句一覧

第29回句会 投句選句一覧③







































#投句・選句一覧

第29回句会 投句選句一覧②






































#投句・選句一覧

第29回句会 投句選句一覧①







































#投句・選句一覧

【第29回人気五句披講】

俳句集団【itak】です。
 
いつもご高覧頂きありがとうございます。
諸般有りまして記事の公開順序が前後しております。
先日公開しました第29回句会【人気五句】の披講をいたします。
三句選で、天=3点、地=2点、人=1点の配点方式、( )内は配点です。
横書きにてご容赦くださいませ。

古暦紙飛行機にして自由            鍛冶 美波(25)
廃線や鷹に汽笛を繰り返す          ふじもりよしと(14)
陽だまりを分け合うてゐる蜜柑かな      栗山 麻衣(14)
雪野めく屋根百坪を下ろす下ろす       鈴木 牛後(12)
山時計海時計雪降りやまず           太田 量波 (11)

遺書を書くとは雪をんならしくなし       橋本 喜夫 (11)

以上です。ご鑑賞ありがとうございました。
なお二位・五位の句は同点だったため6句を掲げました。

当日の句会参加者数は48名・95句、選句50名となりました。
選句・句会見学のみの方もありがとうございます。
引き続き投句選句一覧をご報告します。
ご高覧下さいませ。


 

2016年12月15日木曜日

りっきーリポート #20 今年もラスト句会!の巻

11月12日、曇~り空。

正午をとうに過ぎた時間、私りっきーは未だ札幌に向かうバスに揺られておりました。
気持ちは焦れど、バスが着かない事にはどうにもならない、そんなじれったい気持ちで一杯でございました。
いつもなら朝一のバスで11時には札幌駅に到着、他の幹事さん達とも合流して我らitakのホームである道立文学館に向かっている筈なのですが、この日に限ってはその朝一の高速バスが取れず、やむなく次の便で移動を始めたのでした。
・・・というのも、この日(正確には前後三日間)は札幌で某アイドルグループのコンサートがあり、全国からそのファンが追っかけてきて市内は混乱している、という様でした。
高速バスは当然のごと宿の予約もままならず、タクシーに乗っても駅前が渋滞していて近道が通れないという、なんとまぁカオスな状態。
それでも時間ギリギリに着けたのは、ワタクシの日頃の行いが良いせいだとつくづく実感しましたねぇ(え?

さて、今回の講演は山之内悦子さんによる「うちらには日本語がある」というお題でのお話。
英語通訳者であり海外在住の山之内さんによる、「言語」についてのお話は非常に興味深く、そして共感する事もありました。
特に英語に訳しきれない日本語(その逆もあり)についての話題は、聞いてる学生さんや他の参加者の皆さんも興味深く食いついており、ちょこちょこと質問なども飛び交っておりました。そのやり取りを聞きつつ、私りっきーにも心当たりがあるなぁと、一人ふんふん頷いておりました。
実は私りっきーも某国に数年住んでたことがあり、この「日本語にはあるけど外国語では表現できない感情」または「外国語から日本語に直訳できない感情、動作」というあたりに戸惑った思いがあります。
互いに近いニュアンスの言葉で訳しようとしても、その状況の感情や様子が上手く伝わらなくなってしまう、または誤解されてしまうという、そんなジレンマに陥ったこともありました。
・・・んまぁ、この辺の詳しい内容は別途抄録にアップしますので、是非そちらを読んでいただければなぁ、と思いますm(__)m

今回の句会はいつもよりも少なめで(それでも50名は居るんだけどね・・・(;´∀`)
高校生も今回は二人だけというちょっと物足りない感じ。まぁでも時期的に受験や諸々行事も重なる時期だから、仕方ないよね。

この日潮陵高校の二人が投句してくれた句は、なかなか面白く実験的な句だなぁ、でも俳句甲子園では出せない句だよね、なんて今までとはちょっと雰囲気の違う感じを見せてくれました。
これまでは一生懸命さがズズイっと前面に出て、良くも悪くも「肩に力の入った」句が多かったのですが、俳句甲子園や様々な句会を経験したおかげか、イイ感じに力の抜けた句が増えてきて、参加者が関心を引くことも多くなりました。若いってイイなぁ、スポンジが水を吸う様にどんどん色んな事を吸収して成長できるんだから。
来年はまたどんな姿を見せてくれるのか、楽しみであります( ̄▽ ̄)

さて、今年のitakはこれで終わり。
来年のitak1発目は、なんとウチのBOSSが登場です!しかも真骨頂の「寺山修司」について熱く語ってくれます!
寺山修司に興味がある方、BOSSに興味ある方(え?)、俳句にちょっとでもいいから触れてみたい方、そんな方々は500円玉握りしめて、ぜひ1月の第二土曜日、道立文学館へお越しください!
学生も大人もどんと来いっ!!

2016年12月13日火曜日

俳句集団【itak】第28回句会評⑤ (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第28回句会評⑤

  2016年11月12日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 
 小春日やネジのゆるみし老眼鏡   平野 絹葉


小春日、ネジのゆるみ、老眼鏡の老い 関係性は近い。だから共感は得られると思う。とても感じのよい句である。眼鏡のつるの蝶番のねじは本当によくゆるむし、年を取ると体のいたるところのパッキンがゆるむ。老いのいう観念めいたものを詠まずに、「老眼鏡」というモノを詠んだことが最終的にこの句を成立させたのだと思う。

 
 もみじ舞う私の中の少年へ      酒井おかわり

 
自分のなかに内在する少年性を詠むとき、鹿など動物を詠むことが多い。そういう意味でもみじは珍しい。それと俳句に詠みも読みも性別ジェンダーは無関係であるが、この句を採ったひとはできたら、女性の句であってほしいと思ったかもしれない。名乗りのあとでいつものように落胆の声が漏れた。

 
 介護士の背に手を添ふる小六月   松田 ナツ

 
気になった句である。ただし話し手がこの句の主人公なのか、介護士、介護されている人を外で観ているのか?作者の立ち位置がよくわからない面があった。介護士の背中に手を押し当てて歩行訓練をしているところだろうか。働いている介護士の方をお手伝いしているのか?とも思った。直截的に添ふるではなくて、当つる でもいいのかもしれない。

 
 まだ少し草の炎の色冬に入る     古川かず江

 
今年のような冬へのスピードだと実感のある句である。まだ十分にいきいきした色を呈しながら雪に埋もれていった草花だった。まるで草の生き埋め状態である。そんな今年の状況を過不足なく表現できている句。

 
 氷下魚の百度叩いて百度嚙む    ふじもりよしと

 
昭和世代にはたまらない句。天でいただいた。私の頃はコンビニもないので、「ソフトかんかい」などは存在せず、「げんの」で叩いて軟らかくして、から毟って食べる。そのままかじると歯が折れるくらいの硬さで、よく噛んでたべないと「腹が痛くなるよ」と亡き母やじいちゃんに言われていた。亡き父には「たくさん食べすぎると盲腸になる」と嘘くさい脅かしをうけていた。子供時代にはおやつがわりに毎日でも食べた。中七以下の百度のリフレインも口誦性があり、よくできている。北海道季語の例句として採用したいくらいの佳品。

 
 荒ぶるを生業とせし冬将軍       三品 吏記

 
あまり人気がなかったようであるが、冬というモノを大づかみした佳句と思う。とくに中七までの大づかみな、擬人法が奏効している。惜しむらくは過去形の「せし」ではなくて「せる」にすべきと思う。生業は「なりわい」と読ませるべきであろう。

 
 不意討ちの冬の初めやココア飲む  辻村 幹子

 
中七までの措辞は前述したように今年の北海道の冬を言いえている。そのあとの実生活としての「ココア飲む」がこの句を落ち着かせて、逆にリアルなものにしていると思う。中七のや切れはけっこう難しいのだが、この句はうまく嵌っている。

以上、最後の方は腰が痛くなって、走り書きになりました。それでは皆様また次回まで(了) 

※主宰業のお忙しい中の句会評、いつもありがとうございます。来年も変わらぬ喜夫節でバッサバッサとご句評下さい。本年も残り少なくなりました。句会にご参加下さった方々に、心より感謝いたします。風邪などお召しになられませんよう、どうぞご自愛くださいませ(幹事会一同)。


 

2016年12月11日日曜日

俳句集団【itak】第28回句会評④ (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第28回句会評④

  2016年11月12日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 
 襟巻の狐の手足宙を掻く        遠藤ゆき子

襟巻の狐の顔はほかに在り  虚子 という超有名句があるので、だれしも襟巻そして狐には俳句として手をつけない傾向にあった。狐の襟巻を真正面から扱った句としてとてもうまくできていると思う。動作がみえるのがよい。すこしゆるんだ狐の襟巻を妙齢の女性が巻き直す、風に吹かれるように、その瞬間屍である手足が宙を掻いている ストップモーションのように見えてくる。ただしこんな女性最近いなくなったね。絶滅危惧種かもしれぬ。


 冬紅葉シニア屍にやと掃かれたり   山田美和子

とてもアイロニーがあり面白いと思う。冬紅葉を掃除している。ほとんどがシニア世代である。そしてその世代はもう少しで「死」を迎える世代でもあり、冬紅葉も屍のひとつである。シニア屍にや の語呂もよい。もちろん発想は川柳的なのかもしれない。


 冬木立誰かの手ぬぐいの掛かる    銀の小望月

詠まれてる事象は対したことはないのであるが、中七から座五までの句またがり表現が何かしら物憂げで、屈折があって面白い。冬木立というのはたくさんある木を示すのですこしぼやけた感じもする。冬木のうちの一本に手ぬぐいがかかるという表現が本当はよりインパクトがあると思う。たとえば いっぽんの冬木に誰かの手ぬぐい とか。


 二重窓の中が好きなの冬の蠅     久才 秀樹

今はサッシ技術が進んで、少なくなったが、冬の北海道は二重窓がないと暮らしていけない状態であった。中七までの口語の措辞も面白く、冬の蠅がつきすぎと思うひともあるかもしれないが、微妙に私はいいと思う。冬の蠅にとって窓の外側は寒くて危険だし、窓の内側はすぐ人間に叩かれるし、二重窓の中が唯一の安全域なのだ。「冬蜂の死にどころなく歩きけり 村上鬼城」の現代版でもある。


 群青の夜をかきまぜて吹雪けり    幸村 千里                 

中七の「夜をかきまぜて」の措辞、確かに吹雪の措辞としてはあまりないのではと思う。採らなかったひとは「群青」が生きているか否かということだが。群青なので、真夜中ではなく夕方、朝方の夜かもしれないと思われる。こういう句は中七以下で完結しているので、上五の「群青」はぬばたまの と同じように、枕詞的に解釈してもいいのかもしれない。


 

2016年12月9日金曜日

俳句集団【itak】第28回句会評③ (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第28回句会評③

  2016年11月12日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 
 背景の消された写真鵙の声    瀬戸優理子


中七までの措辞、やはりフックのある言葉だ。つまり引っかけがある。普通はこの言葉に立ち止まり、何だろうか?と考える。すでに作者の罠にはまっている瞬間だ。人物の写真で背景が消されている場合とは何か?たとえば犯罪や事故があった場合で、背景で場所が特定されてはまずい場合がある。そして人物そのものを浮きたて、背景が無駄になる場合(遺影など)がある。そのほかにもいくつかのケーススタデイができる。そしてそのいずれもが不穏で不吉だ。そして鵙の声という着地につながる。


 老猫や次の初雪までの日々    三品 吏紀


以前も述べたことがあるが上五に季語以外の言葉をもってきて「や」で切るという俳句は昔からあることはあるが、それほど多くはなく今後の俳句の流行にしたいなと思っている。例句としては 頂上や殊に野菊の吹かれをり  原石鼎 がある。しかしなかなか自分ではいい例句ができない。掲句は人気は集まらなかったようだが、切り口として面白い。まず自らが買っている年老いた猫を詠嘆している。つまり作者の詠みたいことは老猫へのいたわり、愛情、いままで過ごしてきた時間の長さなのである。そして中七以下。来年の今ころ、初雪がふるころにはこの年老いた猫はどうなっているのだろうか、この1年間にどんどんダウンヒルに向かい猫が死んでしまうのではなかろうかという恐れである。


 豚汁の深夜食堂冬めける     中田真知子


中七までの措辞、素材。まさに俳句の素材である。豚汁というのは俳諧の世界でないと詩にはならないであろう。寒い時期の豚汁をすするのはこの上ないよろこび。そういう意味で冬の季語選択に賛同する。そこで「冬めける」が最高かどうか は判断が難しい。冬ぬくし だとつきすぎ感。冬に入る、冬はじめは冬めけると同様に悪くない。冬深し だと深夜食堂の深とかぶる感じがするし。。。ん~他人の句に何悩んでるんだろう 私。


 鶏のやうに銀杏拾ふ人       籬   朱子


とってもあっさりあっさり表現されていて、切れ字がなくて、~~~の人。で終わる感じは読む人が読むと平明に見えるが逆に「手練れ感満載」である。おそらく予想した何人かのうちに朱子さんも入っていたが朱子さんとは完全に特定できなかった。なにも句会で誰が作ったか想像するあるいは探索するのは刑事じゃないんだから意味のないことなのだが、そんなことして句会を個人的に楽しんでいる。ただ結果論からいうと朱子さんに近づく証拠は揃っていた。まず比喩に「鳥」を使ったこと。それと~~人 の終わり方。これは銀化の俳人および中原道夫も比較的多い特徴。何やってんだろう 私。鳥がついばむように銀杏を何回も何回も拾う姿が見えてくる佳句である。採るかとらないかはいつも言っているが個人の好みだけである。


 落照の黄金を泳ぐ鴨となる     長谷川忠臣


湖面を大きな入日が照らしており、湖面すべてが黄金いろに染まる。その黄金いろの奥からはじめは一点の影としてみえて、徐々にすべるように抜け出る鳥影、そして近くまできて、鴨とわかった。そんな景である。冬の落照の短い時間的推移と鴨の動きがよくわかる句。


 

2016年12月7日水曜日

俳句集団【itak】第28回句会評② (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第28回句会評②

  2016年11月12日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 
 欠席の椅子に冬日の坐りをり     五十嵐秀彦
 

名乗りのあと、康秋さんの追悼句と本人が言っていた。なるほどと思う。井上康秋さん、自らの句集「にんげん」の跋文と序文に、無名の若手?だった私と秀彦さんに依頼してきたすこし強面の、社会派の俳人であった。数年間ファックス句会「てんでん」を主宰して、てんでん通信を発行してくれた。「生きをればあり舌頭も白桃も」は昨年秋のイタック句会だったかな と記憶する。さて掲句いつもの椅子にいつものひとがいない。その椅子に冬の日差しが当たっている。それがいつまでも冬日が移らずに座っているという句である。秀彦俳句にしてはなんら難解なところがない。



 偽果として乳房偽薬として六花    青山 酔鳴


偽果はふつう果実は植物の子房が肥大してなるはずであるが、花床、花軸、ガクなどが肥大してなる果実で、リンゴ、ナシなどは偽果である。これに対して子房の部分だけが受精後発達するのが真果でブドウ、きゅうり、モモなど多い。偽果、偽薬に類比するものをそれぞれ、並列して、対句的に表現している。偽薬(プラセーボ)を六花にもってきたのは飛んでいて面白い。白い雪の結晶あるいは粉雪(パウダースノー)はプラセーボとアナロジーは確かに感じる。六花(つまり花)を使ったことで植物の偽果とも呼応する。


 爪に添う血豆七ミリ秋深し       福井たんぽぽ


中七までの措辞、爪の横にできた7ミリの血豆までの措辞はよかったと思う。座五の「秋深し」の斡旋に問題があったか。季語の選択は私は悪くないと思うが、あまり人気が出なかったのは「秋深し」の置く位置にあると推定する。たとえば「秋深き血豆七ミリ爪に添ふ」とすれば奥行きが出る句になると思うのだが・・・。


 毛糸編む森の小径を行くやうに     内平あとり


毛糸編むという行為をクロスショットで観察すると、編針と編まれた毛糸が絡み合って、じぐざくで、これをロングショットで観ると、森の小径を歩いてゆくようだという見立てが生まれた。毛糸編むという生活の季語どうしても狭い領域に限られたり、心理描写に使われたりが多いが、毛糸編むこと、そのものを比喩にした句は珍しいと思う。


 初雪を人が踏み人々が踏む       鈴木 牛後


初雪が降ってある程度積もった舗道に定点カメラを置いて、一日の推移を早回ししたような景。初雪の句として新しい視点である。新雪でまっさらな雪の上にはじめて人の足跡がつき、ほどなくその足跡をかき消すかのようにつぎつぎと人々が通り過ぎて往き、雪が踏み固められてゆく景である。俳句という形式じゃないと詩にならないことだと思う。