2017年3月1日水曜日

俳句集団【itak】第27回イベント抄録

俳句集団【itak】第27回イベント抄録

『 知って得する!俳句の文語文法 』


~イベントを終えて~
 
松王かをり(俳人)
 

 
2016年9月10日@札幌・道立文学館
 
 
 まず、諸事情から、イベントの抄録がこのように遅くなってしまったことをお詫びしたい。
 
 俳句の文語文法についてitakで話をすることになったものの、さて、どのように話をしようかと悩んだ。というのも、普段予備校で教えているのは、入試に必要な文語文法である。年齢層もばらばら、現在学校で文語文法を学んでいる高校生もいれば、俳句歴は長いけれど、文語文法はもうすっかり忘れてしまったという方もいる。それで、考えた末に、俳句の文語文法でわからないこと、聞きたいことを、まずアンケートでお尋ねし、それに答えるという方法を採ることにした。

 次に悩んだのは、1時間余りの時間をいかに使うかということである。予備校の授業でも、文法ばかりの話は30分で限界である。そこで、前半後半に分け、第一部では、正岡子規の〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉を「ぬべし」に注目して、文法から読み解いてみることにし、第二部で、アンケートのご質問に答えるという構成にした。

 以下は、第二部の抄録である。句会の時間が押していたので、少々早口にもなり、お聞き苦しいところが多々あったことと思われるし、最後に質問の時間を取ることができなかったことも悔やまれる。ご意見、ご感想があれば、ぜひお聞かせいただきたいと思っている。 
第二部 ご質問に答えて
 
 第二部は、事前にいただいたみなさんからのアンケート(「俳句文法に関して日頃疑問に思っておられることがらをお書き下さい」)のご質問に答えるという形をとった。
 また、文法の説明だけでは退屈なものになるかもしれないと思い、練習問題を別紙で準備し、知識の確認をした。

 以下、そのQ&Aである。
 
【文法&仮名遣い】について(スライド資料2)

Q 文法と仮名遣いを混同してしまいます。
A 文法の種類に文語文法と口語文法があり、仮名遣いの種類に旧(歴史的)仮名遣いと新(現代)仮名遣いがあります。したがって、俳句の種類としては、A文語&旧仮名遣い B文語&新仮名遣い C口語&旧仮名遣い D口語&新仮名遣いの4種類とEその他(文語と口語の混在など)が考えられます。〈ドリル1〉の「5屠蘇散や夫は他人なので好き」は、口語で詠まれているものの、文語文法で使用する切字の「や」を使用しているため、厳密に言えばEのその他になります。文語と口語の混在を否定する見解も多く聞かれますが、私個人としては、「や」「かな」といった切字との併用まで否定してしまうと、俳句の世界が狭くなるような気がしています。
 
【動詞】について

◇ 表記の問題(スライド資料3)

Q 「い」と「ゐ」や「ひ」、「う」と「ふ」や「ゆ」、「え」と「ゑ」や「へ」の表記があやふやです。
A その動詞の終止形を考えてみることです。ハ行なのか、ヤ行なのか、ワ行なのか、ヤ行の「い」と「え」はア行と同じ表記をしますし、ワ行ならば、「ゐ」「ゑ」の表記となります。また、俳句によく使われる動詞で、活用の行に関して注意が必要な動詞を覚えておくとよいと思います。
 
《活用の行で注意が必要な主な動詞》

ア行(下二段活用)・・・「得」「心得」の二語のみ
ハ行(四段活用)・・・「歌ふ」「思ふ」「買ふ」「恋ふ(古くは上二段活用であるが、中世末期から四段活用への移行が見られる)」「縫ふ」「這ふ」「舞ふ」など多数
  (上二段活用)・・・「強ふ」「用ふ」など
  (下二段活用)・・・「耐ふ・堪ふ」「終ふ」など
ヤ行(上一段活用)・・・「射る」「鋳る」
  (上二段活用)・・・「老ゆ」「悔ゆ」「報ゆ」の三語
  (下二段活用)・・・「癒ゆ」「覚ゆ」「聞こゆ」「消ゆ」「越ゆ」「冴ゆ」「絶ゆ」「冷ゆ」「見ゆ」「萌ゆ」など多数
ワ行(上一段活用)・・・「居る」「率る」など
  (下二段活用)・・・「飢う」「植う」「据う」の三語
 
◇ 動詞の活用の問題(スライド資料4)

Q この活用の仕方は間違っていると指摘を受けることがあるのですが・・・
A 一番多い活用の間違いは、下二段活用の連体形かと思います。後に、この活用が下一段活用に移行していきますので、たとえば、下二段活用動詞「流る」の連体形は「流るる」ですが、それが「流れる」となっているような句をよく見かけます。要は、しっかり下二段活用のパターンを覚えておくということに尽きると思います。ただし、この下一段活用への移行は、すでに江戸時代には行われていたようで、芭蕉の句にも出て来ます。ですから、一概に間違いということはできないし、さらに言えば、下二段活用の連体形を知っているけれど、何らかの効果をねらって、敢えて下一段活用の連体形を使うということもあり得ると思います。
 
◇サ変複合動詞の問題(スライド資料5)
 
Q サ変の複合動詞についての質問です。「風花す」といった使い方をよく見かけますが、本来のサ変複合動詞の使い方から鑑みて、これはどうなのでしょうか。
A サ変の複合動詞は、その多くが漢語の名詞に「〜する」という意の「す」が付いたもの、「動作性の名詞」に「す」が付いたものです。したがって、たとえば、自然現象である「雨」に「す」をつけて「雨す」、「雪」に「す」をつkて「雪す」などは、やはりおかしいということになります。そういうことから言えば、「風花」に「す」をつけた「風花す」は正しい使い方とは言えないと思います。本来なら、「風花舞ふ」などというべきでしょう。けれど、現在では、俗語として「お茶する」などという使い方もよく耳にします。俳諧は、俗語を詠み込むことも厭いませんでしたから、敢えて、俗語感を出したいという意図から使うこともあるかと思います。ただし、音数が合わないからというような理由で安易にサ変動詞を作る事は、やはり問題ではないかと私は考えます。仮にサ変動詞を作ったとして、それが、句の中で活きているかどうかということと、それが本来のサ変複合動詞の使い方からは外れているということの意識は必要だと思います。
 
【形容詞】について

◇ 「けれ」止め、「かり」止めの問題(スライド資料6&7)
Q 有名な句の中に、「ががんぼの脚の一つが悲しけれ 虚子」のように形容詞の已然形で終わっているものや、「春の山屍をうめて空しかり 虚子」のように連用形で終わっているものがありますが、それをどう考えればいいのでしょうか。
A まず、形容詞の「~けれ」で終わっている句についてですが、たしかにこれは形容詞の已然形です。本来は、「係り結びの法則」で、強意の係助詞「こそ」の結びとして「已然形」になっていたものが、時代が進むにつれ(文語文法の下になっているのは平安時代の和文です)、係り結びの混乱等の中から、「こそ」がなくて「已然形」で止めるという形(已然形終止とも呼ぶ)が出て来たものと思われます。室町時代の和歌にも見られるので、間違いとは言えないですけれど、敢えてこの形を選択する場合には、そういうことをわかった上で使う必要があると考えます。
次に、形容詞の「~かり」で終わっている句についてですが、詠嘆の助動詞「けり」の省略、例えばご質問の句で言えば、「空しかりけり」の「けり」が省略された形とも考えられますし、形容詞「多し」は、終止形に「多かり」を持っているので、それからの波及で「空しかり」を終止形としても使うようになった(カリ活用の本活用化)とも考えられます。これは、江戸時代にも見られますので、「~けれ」止めと同様に間違っているとは言えないと思いますが、やはり、敢えてその形をとる必要があるかどうかを考える必要があるでしょう。
 
【助動詞】について

◇ 過去の助動詞「き」をめぐる問題(スライド資料8&9)

Q 「洞窟に似し一流の毛皮店 大牧広」「白牡丹ふたつ開きし朝ごはん 黒田杏子」といった句に出てくる「し」は、過去の助動詞「き」の連体形だとおもうのですが、これらの句の場合は「存続」あるいは「完了」のような気もしますが、いかがでしょうか。
A たしかに、「き」という助動詞は、本来は過去の助動詞です。ただ、たとえば『角川 全訳古語辞典』には、「平安時代末期以後には、動作・作用が完了して、その結果が存続している意を表す用法が見られ」とあって、平安末期には、すでに「き」という助動詞を、「過去」のみならず、「完了・存続(結果存続)」としても使っていたようです。芭蕉に「蜻蜒やとりつきかねし草の上」、蕪村にも「梅ちりてさびしく成しやなぎかな」の句があって、「存続(〜している)」や「結果存続(ある動作・作用が完了して、その結果が続いている)」の意味で使っています。おそらく韻律の関係もあって、和歌などから始まった使い方ではないでしょうか。したがって、存続の助動詞「たり」や「り」が使えない時に、「き」を使うというのは認めていいと私は考えます。ただし、この使い方を嫌う歌人、俳人がいることも事実です。
 
 
以上(次項スライド資料)
 

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