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2012年7月13日金曜日

道民の雑誌・財界さっぽろに記事が載りました。

俳句集団【itak】第二回講演会・句会は7/14(土)、いよいよ明日となりました。

旗上げイベントからあっという間の2カ月でした。

今回はどんな句会になるのか、今からわくわくしております。

このたび俳句集団【itak】についての記事が

道民の雑誌・財界さっぽろに載りました。

このふた月の間に新聞やみなさんのブログ、俳誌の編集後記など

少しずつ取り上げていただくことができました。

小さな動きを重ねていつか大きな運動にできるよう

ゆっくりあわてず丁寧に育っていきたいと思います。

2012年7月1日日曜日

<緊急追加>俳句集団【itak】第一回シンポジウム評論③の2

.トマス・ビュイック(1753-1828)は、W.ホガース(1697-1764)やブレイクとならぶイギリスの版画家で、それまでの板絵木版に代わる木口木版の技法を開拓した。『イギリス鳥類誌』に代表される自然博物誌の挿絵に貢献すると同時に、小説や詩集などでは挿絵と本文が同じページに印刷出来るようにするなど、本の普及に尽力した。
 ここでは『イギリス鳥類誌』から、「ひばり」の水彩による下絵(上図参照 William Wordsworth and the Age of English Romanticism, Great Britain, 1988)と、木口木版による白黒の挿絵を見た。





ロマン派の詩人P. B. シェリー (1792-1822)の「ひばりに寄せて」(1820)
  「西風に寄せる歌」(1819)について。
思想活動家でもあったシェリーは、五行詩21連(スタンザ)からなる「ひばりに寄せて」で、「陽気な精よ、おまえは鳥なのか、精なのか・・・」(1連)と問いかけ、「どんな美しい思い出を持っているのか」(13連)、「目ざめても眠っていても、死について人間が夢みるよりも真実な深いものを考えているに違いない」(17連)、「人間は、前を見、うしろを見て、ないものにあこがれる・・・もっとも楽しい歌は、悲しい思いをうたうもの」(18連)と、揚げひばりに霊性を見て、美しい歌声の背後に目に見えない深い真実があることに思いを致している。
なお、夏目漱石は『草枕』(1906、明治39年)のなかで、「落ちる雲雀と、上る雲雀が十文字にすれ違ふのかと思った」とひばりの動きを描写したあと、「(雲雀は)魂全体が鳴くのだ・・・魂の活動が声にあらはれたもののうちで、あれ程元気のあるものはない」と言ってシェリーのひばりの詩の第185行を原文で引用した。

We look before and after/ And pine for what is not:/ Our sincerest laughter/ With some pain is fraught;/ Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.

「前を見ては、((しり))へを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。腹からの、わらいといへど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知れ」(『全集』第3巻、7


さらに10年前の明治29年には、「落つるなり天に向かって揚雲雀」という句を作って正岡子規に送っている。漱石のひばりへの思い入れが感じられる。その年は、松山から熊本に移る前の年であり、「ホトトギス」創刊の前の年でもあった。

シェリーが1819年秋、イタリア滞在中遭遇した嵐に着想を得たという「西風に寄せる歌」では、「いずこにも吹きゆく力強い<精>よ / 破壊者にして保護者なる西風よ」といって、秋には木々を枯らし、春には芽吹きを促す西風の両義性に季節の循環を重ね、さらに反体制の立場をとる自分自身の姿をも重ねて、「・・・わたしの言葉を /(新生をうながすために) 人類のあいだにまき散らせ!/わたしの口をとおして 目ざめぬ大地に/予言のラッパを吹きならせ!おう 風よ/冬来たりなば、春は遠からずや」と、その後よく知られるようになった成句で終る(上田訳『シェリー詩集』、75-80)。

.ラファエル前派の運動とジャポニズムについて。

当時の英国画壇のアカデミズム中心主義に反旗をひるがえしたW. H. ハント(1827-1910)J. E. ミレイ(1829-96)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828-82)らが、自分たちの理想をラファエル以前のイタリア壁画に見出して、1848年ロンドンで結成したのがラファエル前派の運動だった。当初は批判も多かったが、美術批評家のジョン・ラスキン(1819-1900)の擁護を得て、ロセッティを中心に活動の場をひろげ、英国でのジャポニズムの流れとも連動してゆく。

ここでは、ロセッティの「受胎告知」(1849-50)と「浄福の乙女」(1875-9)に描かれた百合の絵(上図参照。The Lady Lever Art Gallery1996)をみた。後者はロセッティが1850年に書いた同名の詩のために描いた絵である。詩は次のように始まる(6行詩、全24スタンザ)。

天上の紫磨黄金の手欄より/浄福の乙女は外へ身を凭せ。/眼は深く、夕まぐれ、しづやかに/凪ぎわたる海の深みにまさりけり。/その手には三つの百合の花をもち、/髪の中、星は七つを数へたり。(竹友藻風訳)

この詩は、中世ロマンス風の流れを汲んでおり、恋人の死、百合の花、天上と地上の「時」の違いなどを鍵にしている。漱石はこの詩から『夢十夜』(1908)の「第一夜」を構想した。「こんな夢をみた」で始まる「第一夜」は、恋人が「(また逢いにくるから)百年、私の墓の傍に座って待っていてください」と言い残して死ぬ。待つ約束をした男は、待っても待っても何も起こらないので、女にだまされたのではないかと疑い始める。すると、墓から青い茎が伸び、その頂に「真っ白な百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った」ので、「百年はもう来ていたんだな」と気づく(『夢十夜』9-11)、という夢の話である。

.風の表象と クリスティーナ・ロセッティ(1830-1894)の「風のうた」について。

西欧の風の表象の一例として、岩波新書のタイトルページの四隅に見られる東西南北の風の図像(岩波新書1000号までがわかりやすい。1001号以後は装幀が変わる)を見る。
ダンテ・ゲイブリエルの妹クリスティーナ・ロセッテイは、詩人で「ラファエル前派」の運動にもかかわっていた。詩集Sing-Song1872 には、よく知られた「風」のうたがある。クリスティーナの詩には、母性的、かつ教え諭すような特徴がみられる。日本では西条八十訳(1921年「赤い鳥」に発表)、草川 信作曲の唱歌でよく知られている。

  誰が風を見たでしょう/僕もあなたも見やしない/けれど木の葉をふるわせて/風は通り過ぎてゆく(『日本唱歌集』、209)。

英国伝承童謡(マザー・グース)の「月に棲む男」の月の寓意について。

英語で月を表すlunaという言葉は、月の満ち欠けに影響されると考えられた狂気(lunacy あるいはmad)の意味を含んでいる。17世紀後半からは、ロンドンのベドラム精神病院の歴史をふまえて、”New Mad Tom of Bedlam or The Man in the Moon” とも呼ばれた。


※当記事に掲載されている画像・文面等の無断での転載・配布・二次使用は
 これを固く禁じます

 

  The man in the moon/ Came down too soon/ And asked his way to Norwich;

  He went by the south, And burnt his mouth/ With supping cold plum porridge.

The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes, 294

 この、よく知られている「月の男」は、「月から逃げてきた男がノリッジへゆく道をたずねた、南へ行って冷たいプラムのおかゆでやけどした」というナンセンス詩である。

日本では月に「杵を振り上げた兎」を見るが、西洋では「野茨の束をもった農夫」を見る。より古いものでは、野茨の束で破れた垣根を直そうとするが、盗んだ野茨の束だったため、仕事が進められず、「突っ立って大股にすすむ」という矛盾した姿勢、つまり静止状態に陥る、という内容のものもある。

.イェイツの「詩と象徴主義」
 W. B. イェイツ(1865-1939)は、「詩と象徴主義」(1900)のなかで、バーンズの「私に戸をあけてくれ、おお!」(1793)の詩を引き合いに出してシンボリズムを説明している。

  白い月が白い波のかなたに沈んでゆく、/そして時は私とともに沈んでゆく、おお!

  偽りの友よ、偽りの恋人よ、さようなら!/みんなの心を煩わすことはもうない、おお。

           (’Open The Door To Me Oh’ The Complete Poetical Works, 485

 この詩は、寒さに苦しむ男が、わたしを哀れんで戸を開けてください!と頼むが果たされず、偽りの友や偽りの恋人にむかって「もうみんなの心を煩わすことはない、さようなら」と告げて立ち去る。彼女が戸を開けたときには、野原で彼が冷たい屍になっており、かたわらにうずくまった真の恋人は二度と立ち上がらなかった、という物語性のある詩である。イェイツは、月と、波と、白さと、沈みゆく時と、最後の憂愁の叫びの組み合わせが、ひたすら感情の喚起をうながしているとして、シンボリズムの手法の好例と見ている(『筑摩世界文学大系』71巻、59)。

 イェイツのこの象徴主義の考え方は、岡崎義恵が中世象徴詩人、正徹の短歌の様式を論じた「日本詩歌に現はれたる気分象徴」のなかで用いた「気分象徴」(岡崎、『日本文芸学』646-8)に通じるように思う。

なお岡崎は『近代の抒情』の中で、俳句はもともと一行詩であるのに、フランスなどで三行詩と解しているのはどうか、と疑念を示している。(『近代の抒情』、203)。

10 イマジズム運動とエズラ・パウンド(1885-1972

1908F.R. フリント(1885-1960)が、『刀と花の歌』の書評を書き、荒木田守武(1473-1549)の発句「落花枝にかへると見れば胡蝶かな」の英訳 ” A fallen petal / Flies back to its branch: / Ah! A butterfly” を紹介した(『エズラ・パウンド詩集』、385-6)。

パウンド は、1908年ヨーロッパに渡り、フリント、オールディントン夫妻、T.E. ヒュームらとイマジズム運動に加わり、次のようなイマジズムの原則を発表した。1)日常語の的確な使用。2)新しいリズムの創造。3)題材選択の完全な自由。4)明確な映像の写出。5)輪郭の鮮明さ。6)集中法の重要性(斉藤 勇『アメリカ文学史』、p.177)。

パウンドの「地下鉄の駅で」(1912)は、イマジズムを代表する詩と言われている。

「地下鉄の駅で」

人混みのなかのさまざまな顔のまぼろし/濡れた黒い枝の花びら(新倉俊一訳)

1911年、W.B.イエーツ(1865-1939)とパリ観光をしていたパウンドが、地下鉄の駅を出たところで、美しい女性と子どもの顔に出会った。その一瞬の強烈な印象を表現しようと30行の詩にするが破棄、半年後に15行の詩を書くがそれも破棄、一年後荒木田の発句を念頭におきながら2行の詩にした。パウンド自身「hokku(発句)のような詩」と言っていた。

11 小西甚一の『日本文芸の詩学』
小西は、芭蕉の「海暮れて鴨の声ほのかに白し」の「声・・・白し」のような描写に蕉風の新しさを見て、これは欧米の批評用語で共感覚(synaesthesia)と呼ばれるもので、芭蕉発句の特筆すべき点であると言う(小西、『日本文芸の詩学』、109)。ここでは作者の心情は直接には言い表されない。

12 ドナルド・キーン
キーンは、主題を表示しない日本の詩の特性を、「総体的には曖昧ながら、イメージにおいては、まざまざと具象的である」と言い、芭蕉の「雲の峯幾つ崩れて月の山」についても、「西欧の詩人はここに自分の意見を必ず付け加える」と言っている(小西、86)。

ここまで大まかに詩を中心に見てきた。そうして見えてきたことは、西欧の詩はスタンザをかさねて構築してゆくのに対し、俳句は素材を削ぎ落として究極の十七文字にしてゆく。それゆえ俳句は、西欧の詩人のように自分の意見を添えることなく「花鳥風月」に仮託して表現するのではないだろうか。


引用&参考文献
上田敏、『上田敏全訳詩集』、「花くらべ」、岩波文庫、1975, p.80.
小田島雄志訳、『冬物語』、「シェイクスピア全集」V、白水社、1978p.398.
ブレイク、W.,『ブレイク詩集』、「イギリス詩人選」(4)、松島正一編、岩波文庫、pp.107-8.
バーンズ、R.,『バーンズ詩集』、中村為治訳、岩波文庫、復刻版、2007, p.159.
シェリー、P. B.,『シェリー詩集』、p.75, 96.
ロセッティ、D.G.,『竹友藻風選集』第2巻、訳詩「浄福の乙女」、南雲堂、1982, pp.504-8.
夏目漱石、『夢十夜』、「第一夜」、岩波文庫、1986p.7-11.
パウンド、E.,『エズラ・パウンド詩集』、新倉俊一訳、角川書店、1976p.385-6.
イェイツ、W.B., 「詩の象徴主義」、『イェイツ・・・』、筑摩世界文学大系71、筑摩書房、1975.
岡崎義恵、『日本文芸学』、岩波書店、1935;『近代の抒情』、宝文館、1969.
小西甚一、『日本文芸の詩学』、みすず書房、1998. (2012/6/20, CKumiko Taira)

<緊急追加>俳句集団【itak】第一回シンポジウム評論③の1

第一回シンポジウムの評論集のうち平 倫子のものについて当日引用された画像等のお問い合わせを多数頂きましたので、これを補填したものを再録させていただきます。


英文学から見た「花鳥風月」>
平 倫子

 


.シェイクスピア(1564-1616)の戯曲『冬物語』(1610)の、第四幕四場の牧歌的場面から、黄水仙、菫、桜草、九輪草、早百合、いちはつ(右図参照。Wild Flowers of Britain,1981より)などを読み込んだ野の花にまつわる部分を、上田 敏訳『海潮音』の「花くらべ」でみた。

 




 燕も来ぬに水仙花、/大寒こさむ三月の/
風にもめげぬ凛々しさよ。/またはジュノウのまぶたより、/ヴィナス神の息よりも/なほ臈たくもありながら、/菫の色のおぼつかな。/照る日の神も仰ぎえで/嫁ぎもせぬに散りはつる/色蒼ざめし桜草、/これも乙女の習ひかや。/それにひきかへ九輪草、/編笠早百合気がつよい。/百合もいろいろあるなかに、/鳶尾()(いちはつぐさ)()のよけれども/ああ今は無し、しょんがいな。                (『上田 敏全訳詩集』、80



ボヘミアの王子に求愛されたパーディタ(シチリア王の娘。しかし王は、王妃と羊飼いとの不義の子ではないかと疑う。自分は羊飼いの娘であると思い込んでいるパーディタは、身分の違いを理由に王子の申し出を断る)のせりふとしては、少々不釣り合いな訳である。 

この場面のすぐ前に、交配により赤と白の縞模様になった石竹((英語名はpink)を「自然の私生児」と呼んで嫌ったパーディタに対し、王子の父であるボヘミア王は「人工の手も自然の生み出す手に支配されている。野育ちの幹に育ちのいい若枝を嫁入らせることによって、卑しい木に高貴な子を宿らせることがある・・・しかしその人工の手そのものが自然なのだ」と、ネイチャーとアートに言及する(小田島訳『冬物語』、397)。
ここでシェイクスピアは、冬から春に季節(自然)が変化するように、王の猜疑心もやがて解けることを暗示している。



.ウィリアム・ブレイク(1757-1827)の「病める薔薇」(1974年『経験の歌』所収)は、美しい大輪の薔薇の蝕まれた姿を挿絵にもつ寓意詩である(右図参照。Songs of Innocence and of Experience, London, 1991. Plate No. 39)。







 おお薔薇よ、おまえは病んでいる。/夜にまぎれて飛ぶ に見えない虫が 荒れ狂う嵐のなかで/深紅の歓喜の おまえの寝床を見つけた。/そして彼の暗いひそかな愛が おまえの生命を滅ぼす。(松島編『ブレイク詩集』107-8







 ブレイクがこの詩に添えた版画には、画面全体を縁どるような一本の薔薇の木がある。大枝に咲いた大輪の薔薇は、葉を喰う芋虫のために大きく曲がり、花は地面についている。地虫がその花の心臓部に入りこみ、歓喜の精を押し出している。別の枝の二つの蕾も、芋虫の害により生気をうばわれ朽ちている。荒れ狂う嵐は唯物主義のシンボルであり、茎全体をおおう棘は、この世の愛の苦しみ、絶望感を強調している。



※当記事に掲載されている画像・文面等の無断での転載・配布・二次使用は
 これを固く禁じます

 




.ロバート・バーンズ(1759-96)の「薔薇」の詩「我が恋人は紅き薔薇」(1796)は、恋人を薔薇の美しさ、香り、自然の姿とかさね、天真爛漫に歌った讃歌である。


我が恋人は紅き薔薇、六月新たに咲き出でし。/我が恋人は佳き調べ、調子に合せ妙に
奏でし。(中村訳『バーンズ詩集』、159
 ブレイクやバーンズの薔薇に見られるように、花は、自然の美や香りなど底意のない自己中心性を表す一方で、豊満な肉、野心や権力といった一面もそなえた、複雑なアイロニーの効果を持っている(シェイクスピアが『ソネット』94番で、百合の花を引き合いに出しpower flower の韻を警句的に用いた例など)。


(つづく)

2012年6月23日土曜日

牛後が読む(その6)


~旗揚げイベントの俳句から~


鈴木牛後




わが夜具に花冷という同居人


「花冷」が同居人=伴侶の比喩として使われているのか、それとも、「同居人」が花冷の比喩なのだろうか。
前者として読めば、関係の冷えている同居人と同衾しているという景となる。ただ冷えているというより「花冷」の方が痛々しい感じがするのはなぜだろう。桜の明るさ、温かさの裏側としての「花冷」という側面が強く意識されるからか。若かったころの同居人との思い出。それが楽しかった記憶であればあるほど、今の状況が辛いのかもしれない。
後者だとすれば、布団の中にひとりもぐりこんだとき、ただ花冷の冷たさだけが傍らにある、ということ。これも、ひとりの冷たさが意識されるのは、ふたりですごした時間を追慕するからだろう。
通常の読み方では前者の読み方はかなり無理がありそうだ。しかし、後者のように読みながらも、ほのかに前者の読みがスパイスのように句中に潜ませてあるような気がしてならない。



山笑ひすぎて止まらぬ奇環砲(ガトリング)

奇環砲とは何かをまず調べてみた。 Wikipediaを読んでみると、アメリカの南北戦争や日本の戊辰戦争で使われた兵器とのこと。解説の中には「殺傷」などという言葉が平然と使われていて、何だか重苦しい気分になってしまった。
そんな奇環砲と季語「山笑う」との取り合わせには意表を突かれるものがある。「山笑う」の本意は、「早春の山の明るい色づきのさまをあらわす。(河出文庫「新歳時記」)」ということだが、掲句ではむしろやぶれかぶれの笑いのようなものを感じるのだ。
戦争の狂気。兵士の狂気。それは勝者、敗者にかかわりなく悲劇的だ。そんな悲劇を泰然たる山はどのように見ているのだろう。山から見れば人間などとるにたらないもの。噴火でもすればすべては吹っ飛んでしまう。悠久の歴史を歩んで来た山は、マグマとともに哄笑を吐き出すときを待っているのかもしれない。



春の日を乗せて笹舟覆る


日差しが日々強くなってゆく春。もちろん日差しに重さなどはないのだが、その強さには一種のエネルギーを感じずにはいられない。北海道においてはなおさら。まるで極限まで縮められたバネのように春は弾けるのだ。
掲句は子どものころの記憶だろうか。春の日差しの力。その力に負けてひっくり返ってしまった笹舟だが、春の日はくるんと底面に回り、また笹舟に降り注ぐ。底面が表面になり、また表面が底面に。そのたびに春の日差しは新しく生まれ変わり、どこまでも笹舟を追いかけていた子ども時代の作者も、いつも新しくその瞬間を生きていたに違いない。

今回で【itak】第一回句会『牛後が読む』の連載を終わらせていただきます。お読み下さったみなさま、ありがとうございました。次回のイベントもまた気ままに鑑賞させていただきます。

(終わり)

2012年6月15日金曜日

牛後が読む(その5)

~旗揚げイベントの俳句から~

鈴木牛後



夜桜をユーリファリンクス泳ぎゆく


梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思い出した。桜の樹の下に屍体が埋まっているなら、夜桜の下をユーリファリンクスが泳いでも不思議なことではない。不思議なことではない、という言い方はちょっと変かもしれない。何しろ不思議なことなのだから。
私はユーリファリンクスを知らなかったので、ネットで調べてみた。日本語でフクロウナギという深海魚で、ユーモラスともグロテスクともいえる形をしている。一目みてぎょっとしたというのが正直なところだ。この世のものとは思えぬ体つき。冥界から来たと言われればそうかと思う。
私は花篝を見たことはないが、あの大きな炎は上方の花は明るく照らしても、足もとはよく見えないのではないか。ゆらゆらと絶えずゆらぐ炎の陰にたゆたう闇。鮮烈な夜桜とその対極としての暗がり。
夜桜の宴は人々のエネルギーに満ちている。だがそのエネルギーはどこにも行かず、何かを産み出したいという欲望を抱いて、宴の内部に留まっているようだ。女性の体内の熟し切った卵子のように。そこに、暗い足もとを精子のように泳いでくるユーリファリンクス。やがて両者は…。
「桜の樹の下には」の幻影に引きずられて、あらぬ方向に読みが行ってしまったが、それもまた、この句の持つ妖しい魅力の所産だと思う。



ひとひらは山へと還る夏桜


北海道では「夏桜」という季語は微妙だ。夏桜は、立夏を過ぎて咲く桜のことだが、道北に位置する当地では立夏の前に桜が咲くことは非常に稀だからだ。角川俳句大歳時記には、「北海道のような北国では立夏を過ぎて咲きはじめる桜もある」とわざわざ書いてあるが、道北、道東の桜はすべて夏桜なのか。このあたりは、「内地」の感覚の押しつけのような気がどうしてもしてしまう。
季語の公式な季感に厳密に従うなら、この句を詠んだのは函館あたりの方ではないかという気がする。道南では立夏の頃にはもう桜は散っており、それから咲く花は「夏桜」という季語に相応しいからだ。
おおかた散ってしまった函館や松前の桜の名所でも、遅れて咲くものもあるのだろう。そんな夏桜もやがて散りどきを迎える。落花のときも、たくさんの桜が散るのとは違って、誰にも惜しまれもせずひっそりと散るはずだ。花びらは風に流れて風下の広い範囲に散ってゆく。そんな花びらのひとつが、遠く離れた山まで届いているだろうというのだ。
花の散りゆく方向に遠く置かれている薄青の山。実際には、そこに花が降りかかるように見えるという景なのだろうが、「山へと還る」という表現でほのかな郷愁を織り込み、叙情的な美しさを作り出している。


(つづく)

2012年6月13日水曜日

牛後が読む(その4)

~旗揚げイベントの俳句から~

鈴木牛後




まじり気のなき五月雨を待ちにけり


「まじり気のなき五月雨」とはどういうものだろうか。この「まじり気」というのは、もしかしたら放射性物質のことかもしれないが、ここでは心象風景と読みたい。

日常生活を送っていて、否応無しに心の底にたまってくる夾雑物。それを洗い流すには、単なる五月雨では足りない。泉からこんこんと湧き出るような、まさに「まじり気」のない五月雨でなくては。そんな五月雨の日は、両手を広げて空を仰ぎ、全身に浴びるのだ。「まじり気」のない子どもの頃に還ったように。

と、ここまで書いて、やっぱり気になるのは放射性物質のこと。作者は道内在住だからたぶんそのような意図はないと思うが、そんな読みを排除することができない心理もまた、夾雑物のひとつかもしれない。



葉桜となりて切り出す話しかな




葉桜には二つの気持ちがこもるという。「もはや葉桜になってしまったと花を惜しむ思いと、桜若葉のすがすがしさを愛でる思い」(角川俳句大歳時記)。掲句は、そんな二つの思いを十全に表現した巧みさが光る。

「切り出す話」としてまず想像するのは別れ話だろう。なぜ葉桜となって切り出したのか。桜が眼前にあったときには高揚していた気分が落ち着き、冷静になって考えて別離という結論を出すに至ったのだろうか。はたまた、桜が散ってゆく哀れさに、相手を支えていくという熱意を失ったのか。

理由はどうあれ、作者は別れを切り出し、そして、桜若葉のような新しい人生を始める決意をしたのだ。



蒲公英の絮や母には母の夢



歳時記では「蒲公英の絮」は「蒲公英」の傍題で、独立して解説はされていないが、この季語もふたつの意味を持っていると思う。ひとつは、ふわふわと風に流される儚い存在として。もうひとつは、どこにでも定着して根を張る強さとして。

掲句は後者を詠んだものと解釈したい。そうでなければ、ちょっと悲しすぎるからだ。

年老いた母親。若い頃には若い頃の夢。デパートガールにでもなりたいと思っていただろうか。子育てをしている時期には、息子の成長が夢だったのかもしれない。そして老境に入って今の夢は何だろう。いつまでも孫が会いにきてくれることか。同じように年老いた伴侶といつまでも仲良く暮らすことか。

そう。年をとっても、きっと夢はいくらでもあるのだろう。母親をそんな優しい目で見ている作者の気持ちに、幸せな気分にさせてもらった。


(つづく)

2012年6月11日月曜日

俳句集団【itak】第一回句会 投句・選句一覧④

※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。

※④-14、④-21 俳句集団【itak】第1回句会評 参照



俳句集団【itak】第一回句会 投句・選句一覧③

※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。

※③-10、③-11、③-13、③-17 俳句集団【itak】第1回句会評 参照


※③-11 『牛後が読む』(その1) 参照
※③-8、③-17 『牛後が読む』(その6)参照

俳句集団【itak】第一回句会 投句・選句一覧②

※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。
※②-1、②-3、②-9、②-12、②-14 俳句集団【itak】第1回句会評 参照


※②-3 『牛後が読む』(その4) 参照
※②-5、②-13 『牛後が読む』(その5) 参照

俳句集団【itak】第一回句会 投句・選句一覧①

※番号があり作者・投句一覧が空欄のものは 掲載の許可がなかったものです。


※①-1、①-5、①-8、①-10、①-17、①-27 俳句集団【itak】第1回句会評 参照


※①-4、①-8、①-16 『牛後が読む』(その1) 参照
※①-4、①-8 『牛後が読む』(その2) 参照
※①-9、①-10 『牛後が読む』(その3) 参照
※①-20、①-21 『牛後が読む』(その4) 参照

2012年6月9日土曜日

牛後が読む(その3)

~旗揚げイベントの俳句から~

鈴木牛後


葎ゆくやがて角もつわが身かな


葎とは、つる性植物のカナムグラのことだが、私はこの植物を見たことはない。
でも、棘のある植物ということで想像することはできる。名前はわからないが、
そのような植物はうちの周りにもたくさん生えているからだ。


葎を行くなら、必要なのは角ではなくて鎧だろう。角などあっても、棘から身
を守れないからだ。しかし作者は、「やがて角もつ」と言う。これは確信では
なくて願望なのかもしれない。角など持たずに生きてきた人生、たまには角を
振りかざして生きてみたいよね、ということか。


社会生活を送っていると、なかなか自己主張するのは難しい。日本人は自己主
張が下手だという話はよく聞くが、それゆえこの極東の地まで辿り着くことが
できたのだろう。自己主張ばかりしていたのではとうに死に絶えていたに違い
ない。それでも、何か言いたいことは誰しもある。世間という葎はあまりにも
強く絡まりすぎていて、そこを突き抜けるにはやはり角が必要なのだ。



鼻唄をとくと聞かせて草を引く


角川俳句大歳時記には「夏は雑草が茂りやすい。畑作は雑草との戦いである。
(中略)畑のところどころから草取女の鼻唄が流れる。」とあり、季語「草取
り」と鼻唄は常套的な取り合わせではないのかなという気がしていた。


それでは、草取りのときに聞かせるのはどんな歌がいいのか、考えて見た。
「ビートルズ」などはどうだろう。団塊の世代が定年帰農して聞かせるならい
いかもしれない。リズムに乗って草取りも捗りそうだ。もっと年配なら、「さ
ぶちゃん」あたりがいいかもしれない。「与作」が定番になりそう。若い世代
なら「AKB」のようなリズムの早い曲を口ずさみながら、草取りも楽しくできそ
うだ。


そんなことを考えながらもう一度掲句を読むと、やはり鼻歌が一番という気が
してくる。草取りなどの単純作業をしていると、頭が空っぽになるというのは
誰しも経験することだが、そんなときに無意識に流れ出てくるのが鼻唄だ。草
取りという行為をいつまでも続けるには、頭は半分無意識の領域に突っこんで
いるくらいがちょうどいいのかもしれない。そう思ったら、「とくと」という
措辞はとても効果的だ。



(つづく)

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俳句集団【itak】からのお知らせ

第一回イベントから4週間が過ぎました。
句評『牛後が読む』の好評連載中ではありますが
当日の投句で掲載の許可を頂いたものの一覧と
選句状況のまとめを、来週にも公開したいと思います。
紙の俳誌を持たない俳句会の事実上の俳誌となります。
ご参加のみなさま、ご高覧のみなさまの
お目に留まれば幸いです。
ラベルは「投句・選句一覧」といたします。

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2012年6月4日月曜日

牛後が読む(その2)

 
~旗揚げイベントの俳句から~

鈴木牛後


今回の句会では、選は「天」と「地」だけだったので、今回からは好きな句、気になった句について書いていきたいと思います。


ハーモニカ春風すこし入れて吹く

ハーモニカといえば、小学校に入っていちばん初めに手にする楽器だ。少なくとも私にとっては音楽との出会いの楽器だったと思う。

しかし、実は私はハーモニカにはいい思い出はない。1年生の頃の私は、音楽、図工、体育が大の苦手で、勉強だけがよくできるというまったく可愛げのない子どもだった。担任の先生からもあまり好かれていなかったようで、先生の顔といえば怒った顔を思い出すほどだ。そのときのクラスにはハーモニカの級というのがあって、先生のところに行って吹いてみせて、合格をもらえば昇級できるという制度になっていた。

ハーモニカの苦手な私はひどく緊張して先生のところへ行き、うまく吹けなくて不合格になったことだけを覚えている。ほんとうは合格したこともたくさんあったのだろうが、子どもの頃の記憶というのはそんなものなのだろう。

今ならそのころの私に言いたい。ハーモニカなんか吹けなくたって、どうってことないんだよ。先生のところへ行く前に、一度外に出て春風を胸一杯に吸い込んで、それをすこしだけハーモニカに吹き込むんだよ、そうすればきっとうまく吹けるはずだ。
そんな思いとともに、この句は私の胸に吸い込まれるように入ってきた。


マンモスの玻璃の瞳に夏来る

マンモスの剥製というのはどこかで見ることができるのだろうか? シベリアの永久凍土からマンモスの氷漬けが発見されたというニュースは聞いたことがあるが、展示されているのかどうかは寡聞にして知らない。

しかしマンモスの硝子の眼に夏が来る、と言われてしまえば、そうだよなあと思う。それは、数万年ものあいだ永久凍土に閉じこめられていたマンモスが、とつぜん陽光の降り注ぐこの世に引き出されたときの輝きを思うからかもしれない。その身の内に塗り込められた暗黒が長ければ長いほど、明るいところに出たときには明るく輝くのだ。

それとともに、マンモスの発掘に一生を賭けた人々もいたにちがいない。そんな人々の夢や希望も、マンモスの剥製には宿っている。マンモスを発見したときの一瞬の心の躍動、それはシベリアの凍土が融ける初夏の風景によく似合う。もちろん、剥製のマンモスの瞳がそのことを記憶に留めているわけはないのだが、その光景はマンモスの皮膚に取り込まれ、ガラスの瞳の中に収斂しているような気がするのである。


(つづく)

2012年6月2日土曜日


牛後が読む(その1)

~旗揚げイベントの俳句から~

鈴木牛後
 

今回の旗揚げイベントに、幹事の中でただ一人参加できなかったので、選を書かなければならない羽目になってしまいました。並み居る諸先輩方が参加されている句会の選を、このような公開の場に披露するのはもとより荷が重いのですが、「やりすぎくらいがちょうどいい」というのが【itak】のモットーということで、書かせて頂くことにしました。ご意見、ご批判をお待ちしています。なお選は、アンケートにおいて、ネットでの公開に同意いただいた句のみを対象としています。




【天】 

ブラキストン線の北にて青葉爆ず

私は北海道で生まれ育って50年、道外に出たことはたぶん10回もないと思う。それも、正月に妻の実家のある大阪に帰省したことが大半で、花も咲いていない木枯の中を歩いてきただけだ。

俳句をするようになって悔しいと思うことがときどきある。それは、季語のかなりの部分が実感としてわからないこと。「炎暑」とか「梅雨」などの時候や天文の季語にももちろんそれはあるのだが、一番大きいのはやはり植物の季語だろう。当地には椿も梅も木犀もない。竹もないし、檜や欅もない。これらを詠んだ名句は山のようにあるのに、どうにも理解しようがない。

厳密には、ブラキストン線によって分けられるのは動物が主で、植物はそれほどないようだが(実際、梅は札幌にはある)、私にはこの「ブラキストン線」という言葉の語感自体が、北海道民としての矜持と疎外感の象徴という感覚がある。 そう、矜持と疎外感は表裏一体なのだ。その屈折した感情。東京で桜が咲いているのに、まだ雪掻きをしているという現実を思うとき、身体の奥深く積み重なってゆくものを自覚せざるを得ない。
そして春。北海道民にカタルシスが訪れる。花が次々に開き、瞬く間に新緑の世界に変わってゆく。この時間感覚は人によってさまざまだろうが、作者はこれを「青葉爆ず」と表現した。これは作者ならではの身体的な把握だろう。冬の間極限まで縮められたバネが、一気に弾けるという皮膚感覚。北海道に住む者でなければ詠めない句として、この句に大いに感銘した。


【地】

ひたすらの帰雁の胸の硬からむ


冬は日本で過ごし、春になるとシベリアに帰ってゆく雁。蕪村が「きのふ去にけふいに雁のなき夜かな」と詠んだように、人間からみた寂しさとして詠まれることが多い。

掲句は、寂しさと同時に帰雁の強さを詠んだ句として新鮮に感じた。雁などの渡り鳥が正確に渡りをすることのできるメカニズムについてはよく知らないが、人間からみるとかなり神秘的な営為であることは間違いない。脇目もふらず一直線に目的地を目指す雁。その編隊の整然さとも相俟って、硬質とも言える美がそこにはある。

作者はその帰雁の胸に注目した。強靱な羽を動かす筋肉を包む胸。その硬さこそが、長い渡りの旅路を可能にしているのだ。一方で作者は、自分の胸のやわらかさに目を向けているのかもしれない。物理的なやわらかさではなく、むしろ精神的なものとして。それは、自分には、もはやなくなってしまったひたむきさかもしれないし、追い続けられなくなった夢であるのかもしれない。次々に飛び立ってゆく雁の群れを思い描きながら、作者のやわらかな胸に去来するものを想像せずにはいられない。


(つづく)

2012年6月1日金曜日

『牛後が読む』がはじまります!



俳句集団【itak】事務局です。

旗揚げイベントからあっという間に3週間が経ちました。
本日より6月。心地よい北海道の初夏を迎えます。

先日よりパネリスト評論、句会評、五句競詠などをアップして参りました。
明日からは新企画『牛後が読む』をスタートしたいと思います。

俳句集団【itak】の句会には今回86句が投句されました。
時間の限られた句会では選に漏れる句も多くありますが
そういったものについても触れてみようじゃないかというのがこの企画です。

掲載の同意を頂いたものの中からいくつかを俳人・鈴木牛後の目で読んでまいります。
不定期ではありますがシリーズとして続けたいと思います。

その多くは結社に属さない参加者の俳句がみなさんのお目に留まる機会です。
句に対して、あるいは評に対してのコメントもお待ちしております。


☆鈴木牛後(すずき・ぎゅうご、「いつき組」「藍生」)
週刊俳句に「牛の歳時記」を不定期連載中

2012年5月30日水曜日

俳句集団【itak】第1回句会評 (橋本喜夫)



俳句集団【itak】第1回句会評

 


2012年5月12日

 

橋本喜夫(雪華、銀化)
 




 
  5月12日、初夏というか、花曇りというか微妙な日よりのもと、第1回句会が開催された。
句会は2句提出で、2句選句30数人の参加で、人数の割りに、はじめての割りには概ねスムーズに終了した。進行係がもっと独善的に、句評を語るひとを選択して進めた方がよいと思ったことと、高点句には入れなかった人の意見も必要と思った。
  それから私の意見として提出句の1.5倍の数の選句が理想なので、3句選が良いかなと思った。
超結社句会なので、やはなり期待するのは思い切りのいい句、花鳥諷詠にとらわれぬ句、詩のある句だろうか。入った点数に関わりなく、独善的に句評を進めてゆきたい。

最初に述べておくが、いつの時代も言われることだが、「高点句には名句なし」ということと、「読み」には色色あり、正解などはないこと。誤解があっても、ご勘弁をお願いする。また掲句以外に秀句がたくさんあったが、個人の希望で取り上げることができないことを付記する。



湯上がりの黒髪に花舞いおりる    深澤春代

  
◆雅のある句である。黒髪に花散る。私のような湯屋の長男として育った男には懐かしくも実景でもある。ふつうの感性で言えば、黒髪、花、湯上がりと情景設定がいささか、揃えすぎであることと、中年過ぎの男俳人には「甘い」と言われかねない。「舞いおりる」がこの句のコアでもあるが、欠点でもある。

嘘だったのだと睡ること辛夷咲くこと  五十嵐秀彦

  ◆まず対句表現で、定型感が生まれ、リズムがあること。そしてあえて、破調にしている。この無内容を見れば、十分定型に納めることができるのだが、あえて字余りにしている。意味を考えること、違和感を覚えること、そして読んだあとに心の中で反芻してしまうこと。すべて作者の術中にはまっている。この手の句を拒否するには「嘘だったのだと無視すること」しかないのだ。

 



マンモスの玻璃の瞳に夏来る      久才透子
 
 
  ◆マンモスの剥製もしくは完全なる展示物か。そのマンモスの目が硝子玉で出来ている。その質感、冷たさに夏を実感している。私などはロシアのイルクーツクで見た「マンモス記念館」を思い出す。マンモスの実物は今でも絶対氷河の中に埋まっている。マンモスという動物の選択が実景かもしれないが、読者には「浮いている」または「リアリテイーの稀薄さ」として感じられるかもしれない。




葎ゆくやがて角もつわが身かな     信藤詔子

   ◆荒れ地、野原に繁る雑草のなかを行く作者。実景でもあり、心象風景でもあるだろう。やがて自分は生まれ変わって、草食獣になり、角を持つ身になるのだ。という断定と、変身願望。もしくは「かな」に見られる隠れたナルシシズム。とても不思議で魅力のある句だ。




かみあはぬ弾道春は行った儘   安藤由起
  
   ◆「かみあはぬ弾道」という措辞で、読者は立ち止まり、かの失敗ミサイルを思い出し、採らされたのではないか。確かに喚起力のある言葉だ。「春は行った儘」という口語的表現も成功していように思う。行く春を思うとき「かみあはぬ」という季感は確かに肯える感覚だ。




葉桜となりて切り出す話かな  籬 朱子

   ◆最高点句かもしれない。確かに私も採らなかったが、印をつけた。巧い句であるが、季節の移り変わりで、話を切りだしたというパターンは俳句の常套かもしれない。この句の非凡さはあまたの季語から「葉桜」を選択してきた「季語選択力」であろう。「葉桜」がこの句のTPOをわきまえている。佳句(高点句)の条件として、読者に自由に想像させるという特性も持っている。いわゆる共感性のある作品だ。



母の日の母のひとりは速足で  高畠葉子
  
   ◆多数の句会や、大会で入選するには「母」が入ると良いと、どこかで聞いたことがある。私は俳句をはじめて十年位は「母の句」に弱く、必ず句会では「母の句」を採っていた。ここ数年やっと「母の句」にも免疫力が着いたようだ。この句もキーワード「母」が2回使われ、「言いさし」の句である。読者の想像に委ねている作りだ。母の日の今日、母と思わしき人たちが多数歩いている。そのうちの一人だけやけに「速足」で歩いている。すでに地平線の向こうまで行っている。この母は「このまま進んで崖から落ちて夭折する」のであろうと私は想像する。このように何でも想像できるということは、無内容の佳句である。



蒲公英の絮や母には母の夢  内平あとり
  
  ◆同じ母でもこちらは少しウエットな抒情がある。内容の限定化も存在する。「蒲公英の絮」と「母の夢」をうまくぶつけて、無理のない佳句に仕上げている。ただし、「母には母の夢」というフレーズがいささか、ステレオタイプのようでもあるし、「夢」という言葉には甘さが横たわる。甘いことが悪いとは言わない、好みの問題であろう。

 




花の闇四番出口が便利です  信藤詔子
 
  ◆採っておきながら、最後まで評価が難しい句がある。つまり四番が動くか、動かないかである。考えてみれば、俳句評によく使われる表現だが、変な言葉である。言葉が自ら動くはずもなく、「一番適切かどうか?」ということなのだが、これに対する答えは「一番でなければいけないですか?」であろう。作者が佳いと思えばそう詠めばいいわけで、読者は自分が「受容」できれば、好きになるのである。それにしてもこの句実は、リアリテイーがある。地下鉄の出口で、便利か便利でないかを言う時に、何も一番や二番出口を使わないだろう。目的地に最短距離で行き、そんなに遠くない、いわゆる「その道の通」が使う出口としては四番辺りではなかろうか。十一番だと便利だが遠いのである。花の闇も地下鉄出口に通じている。




風薫る新書に浮かぶ紐の跡  高木 晃
  
   ◆平積みされている新書、インクの匂いもすがすがしい。風薫るが適切な季語であることがわかる。その新書に縛った紐のあとがついている。これも俳句的発見で、すばらしい。でも私は採らなかった。選句数に限りがあったのもあるが、「浮かぶ」という措辞が気になったから。紐の跡がのこっているのを、動きのある動詞「浮かぶ」でいいのか。せっかくの発見なので、作者に問うてみたい。




鳥編みしユカラの糸や風光る  岩本茂之
 
  ◆ユーカラもともとはアイヌに口承されてきた叙事詩である。むしろユーカラ織りの方が有名であろう。掲句は勿論、後者を詠んだものだろう。もともとユーカラの糸は鳥が編んだものと口伝があるのか?もしくは絵柄に鳥を織り込んだユーカラ織りなのか、一本一本織り込まれてゆく糸に作者は着目した。春の陽光と織りなす風を示す「風光る」の季語がきちんと坐っている。





 
春雷や宇宙に踊るスプライト  久才秀樹

  ◆春雷が近づいてくる。その音と光を見て、作者は先日テレビで見たオーロラの宇宙からの映像などを思い出したのであろう。地球上で見えるかずかずの天体ショーも宇宙から見ればどうみえるのだろうか?想像すると楽しい。「スプライト」という今しか使えない措辞も悪くない。ひとつ気になったのは「踊る」であろう。この措辞でいいかどうかは一考に値する。



ひたすらの帰雁の胸の硬からむ   久保田哲子

  ◆ひたすら北へ帰る雁のはばたく姿を自らの心象風景と合わせて詠んだ句。素材としては新しくないのだが、「胸の硬からむ」の後半部分が心に残る表現だ。帰る鳥の胸の硬さを主題に詠んだこの手の句は少ないかもしれない。



わが夜具に花冷えという同居人  高橋希衣

 ◆花冷えの夜であろうか、寝るときに使用するふとん、あるいは夜着などにひたすら花冷えを感じた。私にとって花冷えは同居人のようなものだ。とも読める。これも言いさしの句ではあるが、座五の同居人が面白い止めである。名詞で止めているが、あくまでも比喩として使用している。または同居人が実際に居て、その人の存在は花冷えのようなものと言っている。



山笑ひすぎて止まらぬ奇環砲(ガトリング) 早川純子

  ◆ガトリング砲は円筒に束ねた多数の銃身を回転させながら、次々弾丸を発射する機関砲である。春になって山は辛夷が咲き、梅が咲き、桜が咲き、ツツジが咲き、次から次と草木は萌え出て、まるでガトリング砲のようである。メタファーの面白さで勝負する句であるが、「止まらぬ」が言い過ぎであり、いわゆるそこから先は川柳の域だと私は思う。



 

何度目の五月病なりパラフィン紙  室谷安早子

  ◆人生、齢を重ねると五月病も何回もかかかってしまう。自嘲的に詠んだ句である。おそらく粉薬を包んだパラフィン紙の質感が作者あるいは主人公の少し、乾いた、冷や冷やした心情を伝えている。ちなみに齢は「弱い」とも言う。




握手する指環が邪魔よ聖五月   瀬戸優理子

  ◆中七までの措辞、男の自分にはあまりないが、指輪を沢山している女性、あるいは女性同士の握手であれば、実景として思い当たる。面白い視点だ。この句を採る、採らないは「聖五月」との響きあいがあるか否かにかかっている。「マリア月」、カトリックとの関わり、女性、宝石、五月の光、といろいろ想像しているうちにこの季語の選択が悪くないと感じた。
 


以上で今回の句会評を終える。あくまでも独善的な意見なので、俳人各氏どうか御寛恕を。