『りっきーが読む』をご高覧頂きありがとうございました。
文中掲句について一覧をまとめましたのでご覧くださいませ。
(その1)
露西亜語とすれ違ひけり雪の路 室谷安早子
正月の終りを告げるカレー香 後藤あるま
寒夕焼のやさしさの無比無類 平 倫子
去年今年かすかにすすみゐる録画 橋本 喜夫
(その2)
太陽は静穏なりし冬の闌け kai
エンディングノート眺めし四日かな 高畠 葉子
着ぶくれし君へ恋唄うたはんか 山口亜希子
ちんぽじの御一大事なる出初 早川 純子
人恋ひて見下す川に雪が降る 井上 康秋
同僚と同じセーター着てをりぬ 岩本 碇
(その3)
くり返す破壊建設氷橋 室谷安早子
子持ち鱈だらりだらりとさばかれり 久才 透子
朝湯して年の始めの旅ごころ 及川 澄
手ぶくろの中でグーの手つくってる 丸田ひとみ
荒星や父の怒声に力なし 瀬戸優理子
(最終回)
雪積むや音無き音を響かせて 栗山 麻衣
初春や人集ひ来る詩が生まる 山口亜希子
願ひなきわが身を憂ふ初詣 恵本 俊文
吹雪の夜おとぎ話の続きをり 後藤 友子
2013年2月10日日曜日
2013年2月8日金曜日
『りっきーが読む』 ~第5回の句会から~(最終回)
『りっきーが読む』(最終回)
~第5回の句会から~
三 品 吏 紀
・雪には積もる雪と積もらない雪がある。
積もらない雪というのは、いわゆるパウダースノーというか、風が吹くと簡単に飛ばされてしまうような、小さく軽い雪。 逆に積もる雪は、雪の一粒一粒が大きく湿っていて、且つ地面に落ちても直ぐ溶けない。 これが非常に厄介で、積もるスピードが速い上に湿っているため、雪かきの際は非常に重く、大変苦労をする。 雪かきでギックリ腰なんていうのも、よくある話だ。
…さて、話を句に戻して、この句の「音無き音」とは何なのか、改めて考えてみた。
当然の事ながら、雪が積もる際に音はしない。
音はしないが、よく耳を澄ましていると、かすかに「ちりちりちり…」なんて聞こえてくる。 これは降る雪が自分の帽子やコートをかすめていく音だ。
雪国の、特に北海道の多くの人は雪の日でも傘を差さずに歩く。 なので、雪が自分の身体をかすめていく音を聞くことができるのだ。 大雪の真っ最中に雪かきをしていたら、嫌でも聞くことになる。
これが「音無き音」。
聞こえるようで聞こえない。聞こえないようで聞こえる音が、雪の日には静かに響いているのだ。
初春や人集ひ来る詩が生まる
・…んん?これはひょっとして、itakそのものを詠んでいてくれてる様な?
以前からたびたび触れているように、itakは常に色々な人が出入りしている超結社の集団。 毎回と言っていい程に、新しい顔が句会に出ている。
知人からの誘いや広告、様々な伝で集まったこの俳句集団は、今まさに『詩』を紡いでる真っ最中だ。
集まってくる一人ひとりが自分の『言葉』を持ち、その『言葉』がどんどんより合わさって、『詩』が生まれる。
そしてその詩が【itak】そのものなのだ。
【itak】はまさに参加者一人ひとりの『言葉』で生かされている。
感謝。
願ひなきわが身を憂ふ初詣
・んん~~、憂う必要はないんではないの?なんて無責任に思ってみたり(苦笑)
神様に願掛けするというのは、何か絶対に手に入れたいもの、叶えたい事があるからするもの。
しかしそれが無いというのは、精神的に充足しているということだから、ある意味理想的な心理状態とも言えるのではないか。
この句から浮かぶイメージというのは、初詣に来たはいいけど、願うことが特に浮かばない。 なんとか心の中でお願い事を探すも簡単には出てこない。 その間に自分の後ろには次の参拝客が続々と。 焦る自分。 そして結局は何も思うこともないまま、とぼとぼ帰っていく。そんな切ない光景を思い浮かべてしまう。
吹雪の夜おとぎ話の続きをり
・吹雪の夜というのは、どうにも不安を煽るものだ。 時折聞こえる虎落笛、窓を激しく打つ雪、そして夜の闇。 子供達がこれらの恐怖から逃れるには、布団の中に潜り込んで、おとぎ話を聞くのが一番だろう。
子供の頃に枕元で聞かされたおとぎ話。細かい内容はともかくとして、所々で憶えている方も多いと思う。 自分の頭の中にも、家族の誰の声かは忘れたけど「むかしむかしな~~、あるところにな~~、じーさんとばーさんがな~~」というフレーズが頭の片隅にこびりついている(笑)
吹雪の夜の度に思い出すおとぎ話。 その続きを話すのは今度は自分の番。
そうやって、家族の愛と記憶は脈々と受け継がれていくのだろう。
……以上で、「りっきーが読む」を終了したいと思う。
今回この企画を受け持って改めて感じた事とは、句を自由に読むことの楽しさと、それを文にして人に伝えることの難しさ。 この二つに尽きる。
「読む」というのは句からの情報を頭の中で映像化して、その句の背景などをイメージして読み取っていくものだと思う。 いわゆる妄想(笑)
しかしそれを今度はもう一度自分の言葉に直し、文章として人に伝えるというのは、とても力の要るものだと知った。 どうすれば自分のイメージしたものが、他の人にも伝えることができるか? どんな言葉を使えば、読む人が理解しやすいだろうか? そんなことをアァーとかムぅーとか唸りながら毎晩原稿をカキカキしてたわけで。
ともあれ、最後まで読んで下さった方々、本当に有難うございます。稚拙な文章で申し訳ない。
とりあえずもう、妄想しまくってお腹いっぱい(笑)
三品吏紀
(了)
2013年2月6日水曜日
『りっきーが読む』~第5回の句会から~(その3)
『 りっきーが読む 』 (その3)
~第5回の句会から~
三 品 吏 紀
くり返す破壊建設氷橋
・何かスケールの大きいような、最近続いた人災がらみの事故を詠んだのかとも一瞬思ったが、実はとても身近な事を詠んだ句なのだと、さっき仕事場の前の氷割をして気付いた(笑)
屋根の雪解けなどで伝ってできた水溜り。これが夜までにうっすら凍って、氷が張るのだ。 しかし水溜りは底まで完全に凍りついておらず、表面の氷がいわゆる『氷橋』になるわけだ。
これが雑踏の中であっという間に破壊される。 そして翌日また太陽によって氷が溶かされ、水溜りが出来る。 これがまた凍って氷橋ができ、それがまた踏まれて割られて……のくり返し。
ただそれだけの事なのだ。
本当に些細な事、身近な事を言葉の使い方・並べ方一つでこうもスケールを大きく思わせる句。自分にとってこういう句は非常に勉強になる。
子持ち鱈だらりだらりとさばかれり
・この時期、鍋の具材などでとても重宝する鱈。頭から何から何一つ捨てる所無い、家庭に強い味方のお魚だ。
この句の中七『だらりだらり』という表現からするに、まな板の上に載ってるのはスケトウダラよりも、より大きい真ダラの方が、この句には合っているだろう。真ダラは大きいものだと一メートル以上にもなる。
大ぶりの鱈が二枚・三枚とおろされる様は、まさに「だらりだらり」といった様子に見えるのか。 実際サンマやサバなどでは、こういう表現はマッチしないだろう。 鱈だからこそハマッタ句だと思う。
句会では点には入れなかったが、これも好きな句の一つだ。
朝湯して年の始めの旅ごころ
・年の始めは一年の目標を立てたり計画を練ったりなど、色々新しい事に取り組みたいなぁ、なんて思うもの。 実行できるかどうかはともかく、あれもこれもと計画するのは、どこか旅行計画を練るときのワクワク感に似ている。
この句の『旅ごころ』というのは、旅に出ることそのものを指しているのではなく、人生のこの先の目標とおぼろげな期待というものを、うたっているのではないか。 朝湯の湯気にまみれて、ぼんやりこの先一年のことを考える。
365日という日々を駆け抜けるにあたって、ひと時リラックスしながら「ゆっくり、ぼんやり考える」時間というのは、人が生きる上でとても大切なことじゃないかと思う。
手ぶくろの中でグーの手つくってる
・これ、いまいちピンと来ない方がおるやもしれんので、一応解説しておく。
当然のことながら真冬で氷点下の外を歩くには、手袋は必須。 しかし、-10℃、-20℃ともなると、いくら手袋をしていても指先が冷えてジンジン痛くなる。
なのでついつい、手袋の中で指だけ抜いて、手をぎゅっと握り締め、グーの状態にして指先を温めているのだ。
ポケットの中に手を入れたまま歩いたら当然危ないし、かといって外に手を出してるとやっぱり寒い。 ということで、こういう具合になってしまうわけだ。
まさに寒冷地ならではのワンシーンを切り取った句だと思う。
荒星や父の怒声に力なし
・この句の父親はきっと厳しかったのだろう。 何かにつけてすぐ叱責が飛ぶ。 しかしそんな父の怒声にも力が無くなっていく。 それはただ単に老いなのか、病なのか。
いずれにしても父親に対して愛情があったから、こうやって句にも詠めるのだろう。
ふと、自分はどうだったのだろうか?
自分は二年前に父を亡くし、そして父の死後に父の句をいくつか詠んだ事があったが、果たしてそこに愛情があったのだろうか。
正直、父とは生前からあまり仲は良くなかった。同じ屋根の下に居ながら、話すどころか週に一度顔を合わせるかどうかだった。 もちろんそれには理由があったのだが、まぁそれは置いておくとしよう。
改めてこの句を読んで、父の亡くなる前数週間の事がオーバーラップして、何とも云えない気持ちになる。 父の病気の苦しみと余命いくばくかの心配と、今まで積もり積もった父への恨みにも似た感情。 それらがないまぜになって、なんとも苦しい気持ちになる。 どこか腹の底でチクリチクリとされてる気分。
この気持ちはたぶん、もうしばらくは続きそうだ。
(その4)に続く
2013年2月4日月曜日
『りっきーが読む』~第5回の句会から~(その2)
『 りっきーが読む 』 (その2)
~第5回の句会から~
三 品 吏 紀
太陽は静穏なりし冬の闌け
・冬至を過ぎれば一日一日と少しずつ陽の時間が長くなる。
とはいえ、北国にとって一月・二月は最も寒い季節。-20℃以下も地域によっては珍しくない(しかし-30℃以下まで下がった時はさすがに厳しかったと思うが)
真夏にはジリジリと音を立てて、厳しい日差しを浴びせた太陽も、今や遠い彼方から微笑むように自分達を優しく包んでくれる。 まるで慈母の様である。
ちなみに北国の冬の静けさというのは二種類ある。
一つはしんしんと雪が降り続け、音という音すべてが雪に吸い込まれてしまう静寂。
そしてもう一つは、晴天でも気温が極端に低く、生き物すべてが鳴りを潜めて音一つ立たない静寂。 この句はこちらに当てはまるだろうか。
同じ静寂でも似て非なるものである。
エンディングノート眺めし四日かな
・エンディングノートとは、自分に万が一の事態が起きた時に治療の方針やその後の事、家族友人達への伝言などまとめた物である。
この句は近い過去に近しい方を亡くしたのだろうか。その影響もあって自らエンディングノートを書いたのだろう。元日に思い立って書いた物を、少し時間を置いて読み直しているといったところか。
身近で「死」が訪れると、嫌でも自分自身についても考えねばならなくなる。
今後の生活や自分が死んだ時の事、これをきちんとしておかないと、後に残された家族に大きな負担がかかってしまう。 下手をしたらその負担を巡って、実の親兄弟でも深い亀裂を生む事だってあるのだ。
「死」とは決して遠い物でも他人事でもない。老いも若いも関係なく、常に私達の背に付きまとっている。
そういう意味で、この句はとても現実的な問題を提起している句ではないだろうか。
着ぶくれし君へ恋唄うたはんか
・普通、気のある男女が会うときはお互いを良く見せる格好をしているものだが、この「着ぶくれ」という語はどうみてもお洒落とは縁遠い感がある。
コタツの中で股引半纏、毛糸の靴下でフル装備、といったところか。
あまり、というか絶対に彼氏彼女に見られたくはない姿の一つであろう。(たぶんネ)
しかしながら、キザな姿で言うクサいセリフより、ダサくても素のまんまで語る真摯な言葉の方が、よほど相手の心にグッと響くのではないか。
ちんぽじの御一大事なる出初
・あぁ、これは……(笑)
男は普通、股間の「位置」がちゃんと収まっていないと非常に動きづらいのである。
走る・自転車こぐ・胡坐かく、そんな些細な動作でも収まりが悪いと100%の動きが出来ないどころか、場合によっては痛みさえ伴うのだ(圧迫されてこう…ネ)
出初の動きは激しい上に高所で行うため、”ポジション”が悪いと集中力が乱れ、落下するという危険も出てくる。 そう、御一大事なのである!(笑)
おふざけ句にも取れるが、男性特有の悩みが垣間見える句でもある。
ともあれ、「ちんぽじ」という言葉を使った勇気に感服(笑)
人恋ひて見下す川に雪が降る
・僕は旅行をする時、大抵は一人旅だ。
好きな時に好きな所へ自由に行ける。誰にも気を使うことなく、好きな事が出来る。 一人旅の醍醐味だ。
旅の始めは色々な目的や期待で気持ちが昂揚しているが、旅の終りになると不意に「あ。自分は今、知らない街で一人なんだ」と急に自覚してしまうことがある。
自分が異邦人だと改めて意識したとき、猛烈に孤独感が募り、人恋しくなるのだ。
しかしそれも束の間、川に降る雪のように跡形もなく流れていき、そして何事もなく日常に戻ってゆく。
同僚と同じセーター着てをりぬ
・この句を読んだとき、「同族意識」と「近親憎悪」の両極端な言葉二つが頭をよぎってしまった。
昨今は安価でデザインも機能性も良いセーターや防寒着が多く出回っている。 自分と同じ服を着ている人とすれ違うのも全然珍しくない。
自分と同じセーターを着ている同僚。
「おっ?お前もあの店で買ったのか?」なんて仲間意識を持つのか、それとも「何だよ、オレの真似しやがって。けっ」なんて偏狭なところをだしてメラメラとなってしまうのか。
いずれにせよ、これは日常のワンシーンを切り取った、個人的に好きな句である。
(その3)に続く
2013年1月31日木曜日
『りっきーが読む』~第5回の句会から~(その1)
『 りっきーが読む 』 (その1)
~第5回の句会から~
三 品 吏 紀
さてさて、いつもは「りっきーリポート」で色々とご報告させていただいてる私りっきー。
今回はりっきーリポートに続いて、「読む」企画も書かせていただくことになりました。いつもの調子なら適度にユル~イ文で筆を進めるところですが、今回は作品に触れていくのでいっちょ真面目に書いていこうと思います。
残念ながら自分はまだ俳句について、文法や技法的なことを語るにはまだまだ勉強不足ではあります。
しかしそこは多大なる妄想力でカバーをし、句から浮かび上がる背景、情緒を読んでいきたいと思います。
妄想、妄想♪
露西亜語とすれ違ひけり雪の路
・2月上旬に催される北海道の冬の一大イベント「さっぽろ雪祭り」。
何メートルもの巨大な雪像群が札幌の中央に作られ、見る者を圧倒させる冬の祭り。
日本国内はもとより、今では海外でも注目されている。 当然のことながら会場一帯は国内外からの観光客で溢れかえり、一種の国際交流の場となる。当然のことながらロシア語ともすれ違うことだってあるだろう。
この句のすれ違う二人はお互いロシア人。異国の地で訳の分からない言葉が飛び交う中、互いにすれ違うときに聞こえたのは、母国ロシアの言葉。 ハッと郷愁を感じると同時に、言いようのない違和感も感じたのではないだろうか。
僕は仕事の都合で海外に数年間住んでたことがある。 日本語の「に」の字も出てこないような小さい町だ。 そんな異国で聞く日本語というのは、安心感や郷愁というよりも、奇妙な違和感を感じた記憶がある。 水に浮かんだ油のように馴染む事のない、そんな錯覚。
正月の終りを告げるカレー香
・ああ、これはもう何処の家庭でもある、ベッタベタのパターンだね(笑)
元日・二日とおせちや雑煮で過ごすのだろうが、早ければ二日の昼あたりから禁断症状が出るはず。 そう、ラーメンやカレーライスとかね。
数日間を淡白な味付けの料理で過ごすのだから、濃ゆ~い味が恋しくなるのは道理。
二日ないし三日の夜は、多くの家庭からカレーの香りが漂ってくるだろう。 そしてそのカレーの香りを嗅いだ時、またいつもの日常が戻ってくるのである。
寒夕焼のやさしさの無比無類
・先日の朝、不思議な雲を見た。
西の空に、地表と平行にただ一直線に伸びる雲。 あまりにも真っ直ぐ過ぎる形だったので「地震雲か?」と思ってしまった程だ。
何とも言いがたい不安な気持ちで過ごしたその日、夕刻の西の空に今度は夕焼が訪れた。
氷点下で澄み切った空に、オレンジ・黄色・水色・蒼・グレー・紺など何色ものヴェールが西の空を覆い、家々の屋根を夕日が染めた。 幻想的な光景だった。
人間は自然の前には無力である。自然の力はまさに無比無類。簡単に地にも海にも呑み込まれてしまう。
しかしこの夕焼のように幻想的な光景を、無比無類のやさしさをもたらしてくれるのもまた自然なのである。
去年今年かすかにすすみゐる録画
・年末年始というのは人によっては尋常じゃない忙しさの方もいるだろう。
おせちを作る料理人、初詣の参拝客をむかえる神社、初売りの福袋詰めに息つく暇もない店員。
そんな慌しい日々の中でも、家のデッキはかすかな音と、そして確かに録画は進んでいる。
皆、同じ時間の中にいるのである。
(その2)につづく
『りっきーが読む』 がはじまります!
俳句集団【itak】事務局です。
1月行く。
お屠蘇呑んだのってついこの間だと思ったのですけれどねぇ。
ご好評の『読む』シリーズです。
今回は『やぶくすしハッシーが読む』に続きまして
新企画『りっきーが読む』をスタートしたいと思います。
第5回俳句集団【itak】の句会には今回104句が投句されました
(52名のご投句で、選句のみの方も含めて55名のご参加でした)。
その中から三品吏紀が毎回心の赴くままに選んだ句を読んで参ります。
前回同様、ネット掲載の許可を頂いたもののみを対象といたします。
掲載句に対して、あるいは評に対してのコメントもお待ちしております。
公開は本日1月31日(木)18時からです。ご高覧下さい。
☆三品吏紀(みしな・りき 北舟句会 迅雷句会 帯広在住)
1月行く。
お屠蘇呑んだのってついこの間だと思ったのですけれどねぇ。
ご好評の『読む』シリーズです。
今回は『やぶくすしハッシーが読む』に続きまして
新企画『りっきーが読む』をスタートしたいと思います。
第5回俳句集団【itak】の句会には今回104句が投句されました
(52名のご投句で、選句のみの方も含めて55名のご参加でした)。
その中から三品吏紀が毎回心の赴くままに選んだ句を読んで参ります。
前回同様、ネット掲載の許可を頂いたもののみを対象といたします。
掲載句に対して、あるいは評に対してのコメントもお待ちしております。
公開は本日1月31日(木)18時からです。ご高覧下さい。
☆三品吏紀(みしな・りき 北舟句会 迅雷句会 帯広在住)
2013年1月29日火曜日
第5回俳句集団【itak】講演会抄録『俳人のための俳句入門書再入門』 -ある入門書コレクターのつぶやき-
第5回 俳句集団【itak】 講演会
「俳人のための俳句入門書再入門」
―ある入門書コレクターのつぶやき-
橋本 喜夫
(雪華同人、銀化同人、現代俳句協会 俳人協会)
2013年1月12日・道立文学館
第5回【itak】は1月12日、札幌の道立文学館(中央区中島公園)で開かれ、旭川の医師で俳人の橋本喜夫さん(雪華同人、銀化同人、現代俳句協会 俳人協会)が「俳人のための俳句入門書際入門―ある入門書コレクターのつぶやき」と題して講演しました。橋本さんは、俳句を始めたときから、俳句の入門書を集め始め、現在200冊以上を所蔵しているそうです。「コレクター」として独善で決めた「入門書ベスト10」などを面白いエピソードを交えながら紹介。「入門書の入門編」ともいえる講演を詳報します。
●なぜコレクターに?
俳句入門書は、皆さんも1冊くらいは持っていて、読んでいると思いますが、その後は捨てたり、どこにいったか分からなくなると思います。ところが僕は、なぜかコレクター・マニアになってしまいました。今は入門書だけで約200冊くらい持っています。
どうしてこんなに入門書を集めるようになったのかは、実はよく分かりません。僕は通信教育から俳句を始めました。40歳になったばかりで、仕事も油に乗り、忙しい時期だったので、師を持ったり、結社に入ることは全く考えられませんでした。漠然と入門書が先生だと思って、必死に読みました。夏休みに20冊ほどいっぺんに入門書を購入して斜め読みしました。そうこうしているうちに新しい入門書が1、2冊並ぶと買わざるを得なくなりました。結局200冊も買ってしまうことに。もともと(医師という)職業柄、文献を集めて、読むという癖があったかもしれません。
さて、入門書を読むべき時期ですが、藤田湘子が著書でも言っているように、まずは初めて、1句目を作るとき。次は、4、5年たって何かしら壁に当たったとき、スランプになったときです。ステップアップしたい時期にもう1回読むときでしょう。どの時期にも通用するのが入門書の理想ですが、それはかなり難しい。だから、入門書というからには、初心者用に作られている、ハウツーが掲載されていることが大事だと思います。
●入門書の分類
入門書の分類としては、四つに分けられると思います。①ハウツー本②添削本・句会本③俳論本・俳句の本質論④短歌などほかの詩型との同時入門本――の四つです。その中でもやはりハウツー本が一番、王道といえます。
ハウツー本では、藤田湘子の「20週入門シリーズ」(角川俳句ライブラリーなど)が最高峰だと思います。よく売れました。型から入り、「○○○○や」「中七+○○○○」で、最後に名詞で止める。これでむりやり一句つくる。たとえば「名月や男がつくる手打そば」といったように徹底的に型から入る。柔道や、空手の稽古同じです。名句を暗記できないと、次の章に進めない。少なくとも俳句と言えるものが作れるようになります。感性、感動、詩的才能、文学的素養すべて関係ありません。俳句という詩型の奥深さを知ることができます。姉妹本に「実作俳句入門」「男の俳句、女の俳句」があります。実作を開始して2年くらい立ってから読むのがいいかもしれません。
添削本では、少しざっくりしていますが、鷹羽狩行とその弟子たちの本が良いでしょう。また、「添削例に学ぶ 俳句上達法」(鷹羽狩行、片山由美子、日本経済新聞社)も挙げられます。添削といえばやはり鷹羽狩行先生、添削本といえば鷹羽でしょう。作者の句を損なわない添削となっています。添削本は、筆者によってはかえって悪くなるパターンもあるので要注意です。
俳論本では、「俳句の作り方」(石原八束、明治書院)。正直なところこれを読んでも俳句の作り方は分かりません。俳句とは何かということが書いてある本質的な本です。ハウツーというより俳句本質論です。文人気質で少し硬い文章ですが、高潔で品格があります。自論の「内観造型」の文章や、季語の二重性、季語は内面と外界をつなぐ窓で作者はその窓を通して自然を見て、内観と合わせて句を作るといった内容です。そのほか、平井照敏、仁平勝などの入門書もどちらかというと俳句本質論重視。ハウツーにはあまりページは割いていません。
同時入門本では、「短歌俳句同時入門」(馬場あき子、黒田杏子、東洋経済新聞社)。昭和60年代の本なので、この手の本としては少し古いかもしれません。短歌界、俳句界の2大女流による同時入門書。どちらもていねいにオーソドックスに作られていますが、どっちつかずになり、消化不良になる恐れがあります。おそらくこの書がこの手の本の始まりだと思われます。
●入門書の構造
入門書の構造を、一番オーソドックスに作られている加古宗也の「定年からの俳句入門」(本阿弥書店)を実例にして説明します。
まず、「はじめに」、「俳句との出会い」というものがあります。なぜ俳句を始めたのか、俳句のすばらしさを説明し、誘うようにアトラクティブに書かれています。
次に、俳句は十七音、切れ字、季語を有した短詩型であること、2句1章とか1句1章などを説明。季語の重要性、切れ字の重要性、写生からデッサン、クロッキーについて。句会の重要性とやり方を述べ、俳号や歳時記などについても説明しています。さらに、挨拶句、存問について。吟行の項目では自然に触れて俳句を作る、詠むことの重要性を挙げています。
後半は直喩や隠喩の比喩、固有名詞の使い方といった技術論を説明しています。素材の選び方、推敲、添削が少しあり、最後に「1年続けば、続くのではないか」と言っている。3、4年たつと類句問題にぶつかりますが、加古は「全く気にするな」と言います。最後のあとがきでは「不易流行」について書いています。
だいたい入門書はこのような流れで書かれていると思います。
●入門書の効用
入門書の効用として、初学ときはもちろん俳句の作り方を学べることが挙げられます。
次に作句、発想のきっかけとなります。コラージュ(切り貼り)の材料になります。よい例句が多数載っているのがよい入門書だと思っています。また、「序文」を大事にしています。序文では、著者の俳句へのパッションや、著者にとっての俳句は何か、俳句something が分かります。入門書を書いた著者の歴史、立場、俳句への考え方がわかり、俳句史の一部も理解できます。
著者の立場から言うと、入門書が売れると、その人の主宰する結社の会員数が増加します。結果か原因かは分かりませんが、虚子、藤田湘子、鷹羽狩行、金子兜太らはみんな売れています。私の師匠の中原道夫さんは入門書を書かないので、いっこうに会員数は増加しません・・・。もちろん入門書を書けば簡単に会員数が増えるわけではありませんが、会員数を増やす意味でも良い入門書を書くことは大切であると思われます。
●きわものベスト5
次に僕が独善で選んだ入門書のランキングを紹介したいと思います。
「入門書きわものベスト5」。「きわもの」とは一時的、局所的流行を追ったものと定義しました。
1位 「寺山修司の俳句入門」(寺山修司、光文社文庫)
2位 「俳句がうまくなる100の発想法」シリーズ(ひらのこぼ、草思社)
著者は銀化同人、ぼくの友人でもあります。あまり有名ではない出版社ですが、続編を4冊書いています。俳句の発想を100に場合分けして、俳句の作り方を示している。新しい俳句の分類学だと思います。学問は分類から始まるので、面白い考え方ですが、分け方に無理があるものもあります。銀化の句など、例句が新しく、それだけでも価値がありますが、僕の句が入ってないのが残念ですね。それで2位になっています。
3位 「クイズで楽しく俳句入門」(若井新一、飯塚書店)
テレビでもクイズ番組が全盛ですが、入門書にもとうとう出ました。やってみたがほとんど答えができてしまう。つまり本当の初心者には難しすぎるし、10年以上やっている俳人には簡単すぎる。結構売れているらしいが、今後は難易度に差をつけて、漢字検定のようなグレードに分けるのがいいかもしれない。ただこのクイズ王になっても、俳句はうまくなりません。
4位 「俳句脳」―発想、美意識、ひらめき―(茂木健一郎・黛まどか共著、角川新書)
個人的に黛まどかが好きだから出したわけではありません。クオリアという脳に起こる現象が、俳句を作る発想、あるいは俳句をつくる脳と深く関連しています。もちろんまだサイエンスとして証明されていませんが、意味の呪縛を超えて言葉を使ったり、言葉を知ったりすることは脳のドパミンの働きと同じで、これこそ俳句脳だという。脳が一瞬で感じる質感がクオリアといい、そのクオリアを言語化することが俳句にほかならない―となかなか、かっこの良いことを茂木さんは言っています。俳句入門部分はまどかちゃんが如才なく担当しています。
5位 「ゼロからはじめられる俳句川柳短歌」(坊城俊樹・やすみりえ・東直子、土屋書店)
よりによって日本文学短詩型3つをいっぺんに入門させるという試み。メンバーがよい。俳句がホトトギスの異端児坊城俊樹、川柳がマスコミでも有名な美人、やすみりえ、短歌が東直子。3人がばらばらに仕事をしているわけではなく、ひとつのお題でそれぞれの句を作り、3つの詩型の違いをあぶりだしています。自分はどれに合っているかすぐ診断できる遊びのコーナーもあり、面白い。
●入門書ネーミングキャッチ度ベスト5
ネーミングがアトラクテイヴで、ひきつける入門書を勝手に選んでみました。
1位 「一億人の俳句入門」(長谷川櫂、講談社現代新書)
内容は古典回帰。季語、切れ、定型重視。特に切れは重視。各論で「一億人の季語入門」と「一億人の切れ入門」が出ました。それにしても一億人をターゲットにしたしたたかさと高慢さ。一億人というタイトルがつくと、みな自分のことかと反応します。例句はほとんどが芭蕉と虚子。あまり面白く感じません、あくまでも私見ですが。しかしタイトルはキャッチコピーであるし、売れた入門書。現在も売れています。
2位 「生涯七句であなたは達人」(辻桃子、新潮社)
内容は親切で、オーソドックスな指導で、入門書としては優良図書。タイトルも芭蕉の言葉をパクってキャッチコピーである。辻桃子に「あなたの俳句はなぜ佳句どまりなのか」という入門書あるが、こちらよりこのタイトルの方がポジテイヴでよい。彼女の前著には「握手券」ならぬ「選句券」が付録でついていたことがあります。サービス精神もすごいと思います。
3位 「入選する俳句のつくり方」(塩田丸男監修、大東出版)
俳句人生を生涯、一投句者で終わろうと考えている俳人には耳寄りなタイトルでとてもあざとい。俳句を選句する立場から入選させやすい句を作るのはどうしたらよいかという切り口が新しい。
4位 「詩のある俳句」(嶋岡晨、飯塚書店)
本格俳人をめざしている人、せっかく俳句を作るなら詩でありたいと考えている善良な市民に垂涎のタイトルである。内容は私の大好きな飯塚書店による詩人嶋岡氏の俳句理論を本にした。嶋岡氏は俳句をとてもよく勉強していると思いました。最初俳人かと思うくらいの詩人でした。
5位 「やつあたり俳句入門」(中村裕、文春新書)
何が八つ当たりなのだろう? 何があったのだろう?と不穏なタイトルが結構キャッチである。彼の俳句の定義がやつあたり的で「俳句とはもっとも短く言おうとする詩的エネルギー」だと。新興俳句系の立場の人で、虚子の批判的立場です。高柳重信など新興俳句系の人を愛していることが文章から伺えます。内容は入門書として平均的だが、新興系なので少し、無季に対して賛同的内容です。平成24年に「疾走する俳句」という渡辺白泉の句を特集した本を上梓しました。
●レアな入門書ベスト5
レアな入門書も独善的に選んでみました。
1位 中原道夫の「國文学平成8年2月号 俳句の謎」。
私は銀化の同人なので主宰を1位にしています。中原道夫の現存する唯一の技術論、入門用散文です。中原先生は技術論を書かないので、今のところこれしかありません。時間の都合で詳しく触れませんが一読に値する内容になっています。
2位 「本当の俳句を求めて NHK俳壇の間違いと批判」(清水杏芽、沖積舎)
現在の俳壇の重鎮をまっこうから否定する。切れがないと俳句とはいわない。切れの考えがとてもストリクトで、「去年今年貫く棒のごときもの」までも毒づく。これは「去年今年貫き棒のごときもの」としないと完全な俳句にならないと力説。NHK俳壇の選句もがっちり批判。本当の俳句とは何ナノか? 誰が決めるのか? 清水杏芽さんが決めていいのか?と思ってしまう。その他「鷹羽狩行とあろうものが、このような俳句でない句を選句して恥ずかしくないのか・・」という記載もあり、怖い一書。
3位 「私自身のための俳句入門」(高橋睦郎、新潮選書)
有名な詩人、歌人、俳人です。日本の短詩型の巨人が、自分自身のために俳句を語った本格俳論。これ読んでも絶対俳句はできません。俳諧成立の歴史のあと、最終的には俳句における季語は、和歌における相聞(恋)の代わりにできたものと結論づける。独特の視点で書いています。
4位 「世界俳句入門」(夏石番矢、沖積舎)
世界俳句入門のタイトルはアトラクテイブだが、世界に対する俳句入門ではなく「世界俳句」という日本の俳句と似て非なるものへの入門と考えます。夏石は有名な季語不必要、花鳥諷詠に対するアンチの立場。定型もあまり守らない。初心でこれから俳句1句目を作ろうという人にとってはかえって「有○図書」とならないかと少し心配になります。
5位 「俳句セラピー入門」(弘さらり、解放出版社)
中村草田男、上田五千石が若いころ心を病んでいた時に、救済になったのが俳句という存在であることは有名な話ですが、この著者は心理カウンセラーです。俳句を使って、おもにうつの患者さんを癒してゆく。俳句の入門ではなく、俳句セラピーの入門である。俳句に対しては素人ですが、治療についてはプロ。素人であるのは俳句セラピーによいと説く。自分自身のうつ病体験も描かれています。
●入門書独善的ベスト10
私が独善的に選んだ入門書のベスト10を10位から発表します。なお採点形式は10点満点で、実用性6点満点、メッセージ性2点、発揚性(モチベーション)2点で合計しました。
10位 「俳句いきなり入門」千野帽子 NHK出版新書 7点(5+1+1)
速すぎた鬼才の速すぎる入門書
ライターの千野帽子の書いた話題の入門書。俳句は一発芸、俳句は短いのではなく、速い。俳句はモノぼけ、川柳はあるあるネタ。俳句を支えるのは作者でなく、読者である。言いたいことがあるなら俳句など書くな。などなどインプレッシブな言葉が続きます。30代~40代の文筆家や、インテリには適した入門書。60代以上の初心者には無理でしょう。なぜなら出てくる言葉、サブカルチャー用語が難しい。俳句の速さというか、この入門書の展開の速さについてこれないと思います。なので60歳以上の高齢者には難しいと思います。
9位 「俳句の作り方」(石原八束、明治書院) 7点(3+2+2)
文人的俳人渾身の俳句本質論
ある程度俳句を書けるようになって、そろそろ俳句の深淵な部分を見たいと思う俳人や、俳句の本質を考えたいと思うようになったときに読むとよい。まったくの初心者がこの本を読んでも一向に俳句の作り方はわかりません。ただ、名言がたくさん書かれています。「詩歌はみずから作ってみなければ面白さは分からないものだとは碩学狩野君山先生も言われたという。作ってさえみれば入門案内書はいらないという反対解釈にはもちろんなるまい。たとえば桑原武夫著の『文学入門』といったような該博な総合概論書が俳句界には乏しいと私には思われる」「みずからを恃(たの)むものがないひとは自分を戯画化することはできない」「叙情に古いも新しいもない」「自分の作句力以上に上手な選句ができない」などです。
8位 「俳句入門」(秋元不死男、角川選書) 7点(5+1+1)
入門という語が入ったはじめての名著
発刊当時から評判の高い名著。有名な「俳句もの説」「俳句は沈黙の文学」などはこの書から発生しました。例句の質、内容、俳句本質論、どれをとっても一級の入門書。少し難しい表現もありますが、普遍性のある入門書です。
7位 「俳句入門芭蕉に聴く 去来抄に学ぶ作句法」(小室善弘、本阿弥書店)
7点(3+2+2) 芭蕉の肉声で教わるような入門書
実は私、橋本は、初心のころからいつか俳句入門書を書くことがあるなら、まるで芭蕉が生きているかのような、芭蕉の言葉で俳句入門を指導するようなものを書きたいと思っていました。だから、この書が発刊されたときは「やられた」と思いました。まあ、誰でも考え付くことだよなとは思って自分を慰めましたが。芭蕉の「去来抄」で語った言葉を組み合わせて俳句入門書、俳句の作り方を指導している。帯文が「あなたも芭蕉の指導を受けてみませんか?」。この帯分も僕が考えていたものと一緒です。やられました。僕の言ったことを誰かがチクったのではないかとも思いました。
6位 「俳句 四合目からの出発」(阿部宵人、講談社学術文庫) 7点(6+1+0)
ダメ句撲滅入門書、少し切ない。ニヒルな阿部の古典的名著。
知る人ぞ知る四合目からの出発。つまりほんとの初心者ははなから相手にしていない。よい俳句はみな多彩で、異なるが下手な俳句はみな同じという有名な批判。逆にこの本を理解したら、いきなり四合目からロケットスタートできます。ダメ句は「星は瞬き、柿は一つで、夕日には照らされ、みな同じ」。とにかく、たくさんのダメ句が例句として提示されて、読んでゆくと少し切なくなる。これをがまんしてすべて読み切ることは、むしろ難しいと思います。例えば、野狐禅俳句=独りよがり、サッカリン俳句=甘い句、虚無俳句などなど。なんか作ってしまうような句が多いんですよ。そのほか自己宣伝俳句、ナルシス俳句、うわごと俳句などたくさんの例が出てきますが、全部読むと暗い気持ちになっていきます。
5位 「俳句入門三十三講」(飯田龍太、講談社学術文庫) 8点(5+2+1)
俳句が心から好きになる、心あたたまる入門書。龍太フアンなら必読の書
序文はいきなり、死刑囚との書簡、俳句のやりとりを述べています。ある日最後の書簡がきたときの驚愕。まるで短編小説のようです。龍太の気息に触れて俳句を教わる感じがして龍太フアンにはたまらないでしょう。平易な文体のなかに光る本質論がちりばめられ、「結局俳句は生命をいとおしむものということになりはしないか。ただし、いとおしむ生命は自分の生命だけではないと思う。人の生命―いってみれば、過去の優れた先人に対する敬意をも含めていとおしむということになる。それが文芸の本質ではないか」。すべての言葉が胸に沁み込みます。ついでに龍太の「俳句は初心」も紹介します。文末に龍太の「言葉語録」が掲載されており、これだけでも読む価値があります。
4位 「20週俳句入門」(藤田湘子、角川ライブラリー) 8点(6+1+1)
中卒以上の学力がある日本人なら誰でもこの入門書により必ずそこそこの俳句が作れるようになります。さきほど説明したので省きますが、信じてついてゆけば必ずいつかは俳句ができる。
3位 「やさしい俳句入門」(松井利彦、日本文芸社) 9点(6+2+1)
とにかくやさしい。暖かいものが胸にこみ上げてきます
著者は山口誓子の弟子で「天狼」系俳人。俳人ではあるが、どちらかというと俳文学研究者です。この入門書は私が偶然、一番先に読んだ入門書です。一度に20種ほど購入したのであるが、「やさしい」という題名だけで、まずこれを読みました。定型、切れ、季語、発想、自然に触れ合い感動を句にする。まさに平均的つくりであるが、この入門書の特徴は約3分の1にわたって添付されている実用用語表です。
上五、中七、座五に入れるべき用語が多数実例として載っています。たとえば季語といいたいことが12文字で完結してしまうことがあるが、余った座五に適した言葉を拾って句を完成できる。この用語表は本当にすばらしい。名句のあまりにも有名なフレーズは入っていない。なので盗作にならない。フレーズに困った時、この用語表から借りてくれば、五七五が完成してしまいます。
2位 「俳句の作りよう」(高浜虚子、角川文庫) 9点(6+1+2)
大正2年初版から百刷以上されているまさに入門書の名著中の名著。明解に書かれています。目次を示します。
一 まず十七文字を並べること
二 題を箱にふせてその箱の上に上がって天地乾坤を眺めまわすということ
三 じっと眺め入ること
四 じっと案じいること
五 埋字 一
六 埋字 二
七 古い句を読むこと 新しい句をつくること
俳句入門にはじめて埋字を採用した。上から目線のものの言いようなのですが、まさに俳句作りの上で思い当たることばかりです。丸谷才一の言葉に「最高の入門書は偉い学者の書いた薄い本で、最悪は偉くない学者の書いた厚い本である」というのがあります。これは最高に薄い本です。
1位 「俳句上達の10章」(磯貝碧蹄館、雄山閣) 10点(6+2+2)
マニア必読。最高にデイレッタントな入門書。
●その他の入門書紹介
そのほか、ベスト10には入れませんでしたが、記憶に残る入門書、紹介したい入門書です。
「完本俳句塾 眼前直覚の278章」「俳句に大事な五つのこと 五千石俳句入門」(ともに上田五千)
「定本 現代俳句」(山本健吉)
「空飛ぶ俳句教室」「丑三つの厨のバナナ曲がるなり 俳句入門迷宮案内」(ともに坊城俊樹)
「新・俳句の実作」(深谷雄大)
「坪内捻典の俳句の授業」(坪内捻典)
「生き方としての俳句」(岸本尚毅)
「俳句をつくろう」(仁平勝)「水原秋桜子」(俳句の作り方)
「俳句という遊び」(小林恭二)
「俳句と川柳」(復本一郎)
紹介しないと叱られるのでこの本も(櫂さんは銀化で北海道出身)。
「俳句力 上達までの最短コース」(櫂未知子)「覚えておきたい極めつけの名句1000」(櫂未知子・片山由美子)
「俳句のつくり方が面白いほどわかる本」「俳句金子兜太の入門」(ともに金子兜太)
●まとめとして
また、よく「私は俳句入門書一冊も読んだことない」と自慢する人がいますが、そんな人に私は聞きたい。「あなたの俳句リテラシー(俳句的教養、知識)はどこから得たのですか? 神様から授かったのですか?」と。もちろん、お父さん、お母さんから教わった、授業で教わったという人もいるかとは思いますが。誰もが自分自身の心の入門書を一冊持とう。そうすれば初心に戻れます。
俳句リテラシーを獲得する過程を一番大事にしてほしいというのが伝えたいことです。
俳句入門書を多数紹介し、俳句入門書の構造、多様性、重要性を概説しました。俳句という文芸の変革も、本質もおそらくは俳句リテラシー獲得のプロセスの中に存在します。そして素晴らしい俳句リテラシーの基礎は、素晴らしい俳句入門書によって得られることを最後に強調して終わりたいと思います。
●補足=俳句リテラシーについて(講演会では触れられませんでしたが、資料として掲載します)
俳句リテラシーとは。外山一機(俳人)がはじめて使った言葉。季語や切れ字の機能を理解して、文語文法を理解して、五七五を中心とする音数律を理解した上で、俳句を詠みあるいは読解する日本語能力の中のある特殊な能力。(演者定義)
俳句リテラシー獲得に必要なもの
①独習:俳句入門書
②周囲の人間、親兄弟の教育
③句会:選句眼を身に着ける 作句→清記→選句→披講→相互批評
④高等教育 明治大正昭和初期の女流はすべて受けている
⑤インターネット
俳句リテラシーの重要性
俳句に携わるものは「俳句とは何か」という問題を問う前に、すでに俳句を作り始めている。(俳句とは何か と大上段に構えて考えなくても俳句は作れてしまう)したがってある程度俳句リテラシーを獲得後に理解される「俳句」とは自らが俳句リテラシーを獲得する過程ですでに作ってきた、あるいはすでに読んできた「俳句」に他ならない。つまり俳句リテラシー獲得のプロセスの中にこそ、「俳句とは何か」を含めた俳句の総体が存在するに違いない。(演者補足)
「俳句」なるものの内実が変革する契機(新たなる俳句の生まれる契機)は、俳句リテラシー獲得の過程のただなかにこそ存在する(外山一機、一部演者が理解しやすく改変)。
多様な俳句と多様な俳句リテラシーの切磋琢磨を通して、新たな名句、新たな俳句様式が生まれる可能性がある(演者補足)
なお外山一機はネット Haiku New Generation で、俳句入門書スタデイを執筆、継続中である。(了)
☆抄録:久才秀樹(きゅうさい・ひでき) 北舟句会
※次回のitakは3月9日(土)、変わらず道立文学館で開催です。新宿ゴールデン街の名物ママ佐々木美智子さんの半生を聞き書きした「新宿、わたしの解放区」(寿郎社)を昨秋に発行した岩本碇(茂之)さんの、自主制作映画上映をまじえたトークを予定しています。
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