2016年6月25日土曜日

俳句集団【itak】第25回イベント抄録

 
俳句集団【itak】第25回イベント抄録

「めくるめくアオサギの世界」
 
北海道アオサギ研究会代表 松長克利氏
 

2016年5月14日@札幌・道立文学館
 

◆水辺の鳥

 アオサギは水辺の鳥として知られ、海や田んぼで見られます。主食は魚ですが、実は何でも食べます。両生類やは虫類、ヘビやトンボ、子ウサギなども食べることがあります。基本的には水辺にいますが、子育ては木の上です。コロニーには、春から夏までいますが、お互い近い場所にいるため、よく小競り合いをしています。今はひなが生まれる時期です。ひなは2カ月くらいで巣立ちます。
 北海道の場合、3月の半ばに南からやって来ます。どこから来るのか詳しくは分かっていませんが、ベトナムなど東南アジアからも来ているかもしれない。3月半ばにやって来て、子育てが終わるのは7月。7~9月は餌場にいて、9~12月とバラバラと南に帰って行きます。


◆欧州のイメージ

 まずは西洋での、人とアオサギの関係を説明します。古代エジプトでアオサギは「ベヌウ」という聖なる鳥、神様として扱われました。古代エジプトの神話では、太陽神ラーと冥界の王オシリスが登場しますが、ベヌウはオシリスの冠をかぶっており、オシリスと同一視されていました。また、「ベヌウ」という名前は「上る」「輝く」という言葉でもあり、太陽、ラーとのかかわりも見られます。ナイルの川面から陽が登ると飛び立つ。そういうところに由来されているとも思います。


 もっともらしい理由を私なりに考えると、アオサギが日光浴をする際の羽根を横に広げた格好、これが太陽に向かって拝んでいる、崇拝している儀式のように見えます。このことも、太陽神とのかかわりを持ったのかなとも思っています。古代エジプトの「死者の書」、棺桶に入れられる巻物ですが、この中にもアオサギに変身するための呪文が書かれています。
さらに時代がくだり、ギリシア時代になると、アオサギは「フェニックス」になります。


 アリストテレスの「動物誌」では、アオサギを生物学的に紹介しています。「交尾をしているときは目から血が出る」と書かれていますが、実際、繁殖期になると婚姻色、目やくちばしが鮮やかな色になる。鋭い観察眼で見ていたと思います。



 キリスト教の影響を受ける中世に入ると、アオサギは賢い鳥として捉えられます。「動物寓意譚」というものに「死んだ者を食べない」とありますが、それはその通り。ただ、聖書の中には、事実とは違う生態も書かれており、ほかの鳥とミックスされたものも伝わっています。


 ケルトの世界では、サギは特別視されていました。ちなみにヨーロッパでは、サギといえば、シラサギよりはアオサギのことを言います。ケルトのデザインには、アオサギが好まれて使われますし、神話にも頻繁に登場します。また、ケルト社会で宗教を司り、政治にも影響をもっていたドルイド僧という人たちが、自分たちをアオサギと同一視、特別視していました。アオサギは直立する鳥で、人と似た面があります。アオサギは「佇む」という表現を使いますが、スズメやワシには言いませんよね。ヨーロッパでは、アオサギを人に例えたり、生まれ変わりと見たりする文化がわりとあります。首や足が長く、可動域が多いので、しぐさや表情も豊かです。人間が見た時に、感情移入しやすく、近しい部分を感じるのではないでしょうか。


 18~19世紀のアイルランドの劇作家、イェイツもその作品で多くのアオサギを聖職者のイメージとして登場させていますし、ウェールズの詩人、ディラン・トーマスは、自分の息子にケルト語で「アオサギ」という名前をつけてしまいました。
 そのほか、ヨーロッパでは、飲み物、食べ物、まざまなものにアオサギの名前がついています。日本語にすると「アオサギ音楽会」というものもあります。


◆日本のイメージ

 では、アオサギの日本のイメージはどうでしょうか? シラサギですが、万葉集に出てきます。


 池神の 力士舞かも 白鷺の 桙啄ひ持ちて 飛び渡るらむ (万葉集・長忌寸意吉麻呂)

 万葉集には4500首以上がありますが、そのうち鶴は47首あります。100分の1くらいですね。でも、鷺(サギ)はこの1首だけ。すごく残念ですね。

 平安時代の古今和歌集にはこんな歌もあります。


 高島やゆるぎの森の鷺すらも ひとりは寝じと争ふものを (古今和歌集・六帖)

 アオサギのコロニーの中での状況、春先のオス同士の争いの様子でしょうか。

 枕草子にもあります。


 「鷺は いとみめも見ぐるし まなこえなども うたてよろづになつかしからねど ゆるぎの森にひとりはねじとあらそふらん をかし」 (枕草子)

 とても見た目が見苦しい、まなこえ=目つきも見苦しい、とにかく可愛くないと書いている。清少納言の個人的な感想かもしれませんが、人気の書物ですから、その見方は当時の人々が抱いていた鷺のイメージに大きく影響したのではないかと思われます。

 いかなれば ゆるぎのもりの むら鷺の けさしもことに 立ちさはぐらん (新千載和歌集・入道二品親王覚性)

 ゆるぎの森は、琵琶湖のほとりにあった有名な鷺のコロニーです。新千載和歌集は室町初期ですが、この時期になると、鷺のイメージとして怪しい、不気味という気配が表れてきます。コロニーで鷺が騒いでいる、何かあるのか―といったような意味。

 鎌倉時代から鷺は不気味な存在で扱われます。「吾妻鏡」には、鷺が集まって居るので何かあるのでないかと書かれている。陰陽師に占ってもらい、鷺の祭をして怒りを鎮めようともします。


 江戸時代になると、とうとう妖怪になってしまう。有名な妖怪画家、鳥山石燕が描いた妖怪図「青鷺火」では、松の向こう側にアオサギが不気味に光を発している。アオサギの火、実際に鷺が光るのは、妖怪だけの話ではなく、一般的に当時、言われていた。私も光るのかなと思って夜に観察してみましたが、まあ、光らない。でも南方熊楠が、鷺が光っているというのを目撃したと真面目に書いている。状況によっては光るのかもしれません。



 「うぶめ(姑獲)」という妖怪も、アオサギが正体と言われています。本来は、赤ちゃんを身ごもったときに亡くなってしまった人、出産で死んでしまった女性の霊が「うぶめ」と言われました。それが、中国で「姑獲鳥(こかくちょう)」という、夜中に子どもをさらっていく鳥のおばけと一緒になってしまった。姑獲鳥と書いて「うぶめ」と読む。確かにアオサギは夜、鳴きながら空を飛ぶので、そのようなつながりを持たれたのではないでしょうか。漱石も作品の中でアオサギを取り上げており、現代も、妖怪と密接に関連づけられて小説にされることが多いですね。京極夏彦さんもデビュー作で、アオサギを登場させています。


◆和歌・短歌では

 日本では、アオサギにはそのようなイメージがありますが、短歌と俳句はそうではなく、淡々と写実的に描かれています。そこが俳句、短歌の魅力の一つです。


 いりしほの ひかたにきゐる みとさぎを いさりに出る あまかとやみん (新撰六帖題和歌 藤原知家)
 しもこほる すさきにたてる みと鷺の すがたさむけき あさぼらけかな (夫木和歌抄 寂蓮法師)
 霜むすぶ 入江のまこも すゑわけて たつみとさぎの こゑもさむけし (夫木和歌抄 前大納言忠良卿)
 朝まだき 淀野のまこも 末分けて たつみとさぎの 声もさむけし (夫木和歌抄 藤原忠良)

 鎌倉時代ですが、「みとさぎ」はアオサギのことです。「みと」は「水の門」、水に関わる鳥、もしくは「緑鷺」かもしれません。最初の和歌は、漁に出ている人と漁師とアオサギを見間違えたという作品。実際、私も海の調査で、遠くを見ると人と見間違えることがある。二つ目、三つ目は同じような歌です。源氏物語の中で、このような状況がすでに書かれています。

 「山の方は霞隔てて 寒き洲崎に立てる鵲(かささぎ)の姿も 所からはいとをかしう見ゆるに~」 (源氏物語)
 源氏物語の「浮舟」の中で出てきますが、ここでは鵲「かささぎ」です。かささぎはアオサギとは似ていませんが、アオサギの頭の後ろにあるポニーテールみたいな飾り羽がありますから、それを「笠」と見立て、そこから「笠サギ」となったのかもしれません。紫式部が、間違えたのか、あえてそうしたかは分かりません。

 近代に入り、子規の歌です。


 久方の 星の光の 清き夜に そことも知らず 鷺鳴きわたる
 足なへの 病いゆてふ 伊予の湯に 飛びても行かな 鷺にあらませば (正岡子規)

 まだアオサギは出てきません。東京で詠んだ句ですが、東京には鷺はいませんでした。今でこそいますが、昔はいなかった。だいたい鷺は白鷺のことです。声をイメージできますか? 場所によっては澄んだ声、きれいな声に聞こえる。2首目は、温泉を題材にした歌。実際に道後温泉は白鷺に縁があります。道後温泉は、傷ついた白鷺が傷を癒やしたところが発祥です。道後だけではなく、鷺にゆかりにあるのは全国各地にあります。実際に足湯に入るアオサギもいます(写真)。山口県津和野にある温泉です。北海道にも温泉のすぐ脇に巣をつくるアオサギはいます。

 与謝野晶子は、はっきりとアオサギと言っています。


 白百合のしろき畑のうへわたる 青鷺づれのをかしき夕べ (与謝野晶子)


 槙もやや光る葉がひを秀に佇ちて青鷺の群のなにかけうとき
 蒲の穂のさむざむ明る沢の曲鷺多くゐれど声ひとつせぬ (北原白秋)

 白秋のアオサギですが、「けうとき」とは、何か不気味だという意味です。やっぱり、妖怪のアオサギを意識しているのでしょうか。

 鷺は川とのセットでイメージされます。幕末の探検家、北海道の名付け親でもある松浦武四郎の「石狩日誌」などにも、何度かサギが出てきます。アオサギではなく、漠然と「鷺」と出てくる。


 「白鷺の立を知るべに今日幾瀬心ゆたかに歩行わたりせり」 (松浦武四郎、石狩日誌)

 上川の愛別あたりを石狩川に沿っていたときに鷺をみた歌です。北海道では今、白鷺は、まずいません。最近は少しずつ見られてきていますが、北海道で鷺といえばアオサギです。でも、昔は違っていた。後志・羊蹄や発寒のほうでも、アイヌの人たちが使っていたサギを取るための罠があった。北海道でも昔は白鷺が多かったと思われます。ただ、「久摺(くすり)日誌」には「山には鶴多く巣をなし」とあります。鶴は山には巣は作りません。水辺に作ります。山に作るのは、アオサギの可能性が高いのではないかと思います。鶴とアオサギを間違えたのではないかとも思います。久摺とは釧路地方、別寒辺牛のほうです。1960年には、アオサギのコロニーは六つしかありませんでした。今はほぼ全道各地にあり、現在、1万羽くらい。2000年には、75コロニー、4500巣を確認しています。コロニーは増えたが、小さいコロニーが多いので、コロニーの増加数の割には、生息数は増えていません。

◆俳句では

俳句の話もします。サギに関する9句ほどを挙げてみました。


① 昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ (芭蕉)
② 青鷺の叱と鳴つつけふの月   (嵐雪)
③ 鷺ぬれて鶴に日の照(る)時雨かな  (蕪村)
④ 夕風や水青鷺の脛をうつ    (蕪村)
⑤ 鷺烏雀が水もぬるみけり    (一茶)
⑥ 烏鷺に似し客二人あり夏衣   (碧梧桐)
⑦ 翡翠も鷺も来て居る柳かな   (子規)
⑧ 夕嵐青鷺吹き去つて高楼に灯  (虚子)
⑨ 洲に立てる青鷺ひとつサロマ川 (秋桜子)

 ①は芭蕉の句です。アオサギもちゃんと目を閉じて寝ます。②の嵐雪の句ですが、アオサギもいろんな声を出します。あいさつの声やけんかする声、求愛の声など。意味がよく分からない声もあります。③④蕪村の句は視覚的な句です。この場合は、鷺といっても、ぬれているのが白鷺では絵になりません。アオサギは箕をかぶっているように見えます。もう一つの句は有名な句ですが、いかにも涼しそうですね。

 ⑤⑥一茶と碧梧桐の句です。鷺と烏。烏鷺は「うろ」と読みます。この場合は明らかに白鷺です。対になっているのは白い鷺と黒いカラス。鷺と烏は、室町の御伽草子にも出てきます。鴨川のサギ(水辺の鳥)と祇園の烏(山の鳥)が合戦をします。白と黒ということで「烏鷺の戦い」は「囲碁を打つ」ことも意味します。

 ⑦子規の句。カワセミと柳はありふれている句ですが、そこにサギが入っており、なかなかゴージャスな句です。カワセミとサギは、実は世界中でいろんな民話、昔話に良く出てきます。「小さい」と「大きい」、「すばやい」と「ゆったり」と対比がしやすいのだと思います。
虚子の句は、アオサギが碧梧桐で、高楼が虚子で、漠然と虚子の勝利宣言に思ってしまいます。
秋桜子は北海道が題材の句です。これを詠んだ時代には道東にもアオサギが普通にいたのだと思います。


◆北海道とアオサギ





 北海道と縁のある話しをします。更科源蔵の「蒼鷺」という詩があります。戦中戦前の古い時代ですが、十数年前に合唱曲になりました、今では中高生の合唱曲として人気があり、文化祭でうたわれています。(「蒼鷺は動かぬ」との言葉もあり)アオサギが死んだのではないかと考える人もいますが、そうではありません。確かに寂しい内容ですが、更科源蔵本人が、釧路湿原にアオサギがいたのを見たことを詩にしたものと書いています。源蔵は弟子屈の開拓民だったのですが、地に足をつけて、その土地から動かない、忍耐力のある開拓民の姿をアオサギに託して詩にしたと言っています。決してアオサギが死ぬ歌ではありません。

 「アヲサギは忘れられたもののように沼あたりに立つてゐるのは、何かうらぶれた淋しい姿である。ペッチャコアレとは川端に立つてゐる鳥といふのである」 (「コタン生物記、更科源蔵」)

ペッチャコアレがアイヌ語でアオサギのことです。「〇〇カムイ」という名はついていませんが、さりげなくてアオサギらしいともいえます。

 最後に、万葉以前の人々のアオサギに対するイメージはどんなものかを紹介します。サギの名前の由来を調べることから、人々の見方が見えています。
 由来については、これまでいろんな説がありますが、江戸時代、1717年に新井白石が、「騒がしいから」と言っています。騒ぎ「さわぎ」の「さ」が消滅したものと言っています。現在になると、沢+ギ(鳥の語尾)という説があります(栄川省造「異説鳥名抄」)。トキ、シギなど「ギ」は鳥の語尾につきます。これは採用しても言い説かなと思います。ただ、「沢」は少し安易かなとも思います。

 弥生時代の銅鐸ですが、田んぼと関連する絵が描かれています。鳥もいますが、以前は鶴ではないかと言われていましたが、最近はサギではないかと言われています。穀物の神様、田んぼの神様がサギではないかと。穀霊そのもの、神のお使いがサギではないかという説もあり、なかなか面白い説だと思います。

 「サクラ」「皐月」「早苗」「早乙女」「五月雨」

 ここにあるのは、田んぼに関わる言葉ですが、カタカナにすると、すべて「サ」に始まる言葉です。田んぼの神様は昔は「サの神」と言われた。「サの神」は、元々は冬の間は山の神様で、田植えが始まると田んぼに降りてくる。神様が降りてくる場所が、サクラの上。「クラ」は神様が降りるところ。サクラの下で、稲の豊穣を願う。それが本来のお花見です。サの神を中心としたエコシステムの中にサギがいるのは当然のことともいえます。サの神のお使い。サの鳥(ギ)だというのが私の考えです。

 でも、これはサギの話であって、アオサギの話ではないという見方もあります。ここで考えなくてはならないのは、「青」の意味合いです。実際に、アオサギは背中のほうは青みがかってみえます。古代日本語としての青は、現在のような鮮やかな青ではなく、白と黒の間色。ぼんやりと灰色系の色を青といっていた。色彩の「青」は一部分のことで、霊的な意味で「青し」と使っていました。「サの神」の鳥としては、白鷺よりもアオサギのほうがふさわしい、資格があると思っています。多少こじつけかもしれませんが、そういうところがあってもいいではないでしょうか? 


 古今東西、アオサギと人とはいろんなかかわり持ってきました。今では、アオサギに近くに巣をつくられると、エイリアン的な扱いを受けて、駆除の対象となってしまいます。でも、いろんなイメージを持ってもらいたいし、少しでも親しみを持ってもらいたい。エイリアンではなく、隣人として付き合ってもらえるとうれしいですね。


 松長克利(まつなが・かつとし) 

1965年、愛媛県松山市生まれ。子規と同じ小学校、高校を卒業後、北海道の土地 と自然に憧れ北海道大学に入学。大学でアオサギの生態の研究を始め、卒業後の2001年に北海道アオサギ研究会を発足、現在に至る。この間、80ヶ所余りある全道のアオサギ生息地をくまなく踏査するとともに、観察会等の地域活動を行い、 アオサギと人が共生できる社会のあり方を模索、提案しつづけている。

北海道アオサギ研究会 http://www.greyheron.org/


☆抄録 久才秀樹(きゅうさい・ひでき 俳句集団【itak】幹事・北舟句会)


2016年6月23日木曜日

りっきーリポート #18  俳句で国際交流?の巻

5月14日 晴れ!

3月以来の【itak】の為に札幌に向かった私りっきー。
北海道も長~い冬を乗り越えて、ようやく花と新緑が鮮やかに彩りだす時期。ちょっと汗ばむ陽気に、街の人々もなんとなくウキウキしてましたねぇ。
当然【itak】の会場もそんなウキウキ顔が溢れている。そう、今回の第一部は青鷺についてのお話を聴けるということで、俳人としてはヒジョーに興味深い内容なのであります。
ま、その辺りの詳しい内容は別途抄録にアップされますので、ぜひご覧ください。

で、りっきーリポートは【itak】で俳句を楽しむ若者を追いかけるリポート。
今回も高校生達が数人来てくれました。熱心熱心(^^)
もはやレギュラー出席となっている琴似工業高校(新入部員も一緒でしたね)、そして今回も小樽潮陵高校が駆けつけてくれました。ホント嬉しい限りです。小樽からは札幌まで電車で約40分、決して近いとは言えない距離をこうやってエンヤコラと来てくれるのですから( ̄▽ ̄)

彼ら彼女らは6月に行われる俳句甲子園の北海道大会に向けて、着々と準備している様子。
自分達の俳句のなにが良くてなにが足りないか、この【itak】で色々試しています。
残りわずか一ヶ月、彼ら彼女らがどこまで伸びるのか、そして今回は【itak】に来られなかった旭川東高校とどんな熱戦を繰り広げるのか、今から楽しみであります(^^)

さて、今回は更に面白いゲストが来てくれました。
現在は京都在住でベトナム出身のニューさんという方がわざわざ北海道に、そして【itak】に遊びに来てくれました。
ニューさんは日本文化の研究、特に俳句を専門に日々研究されている方で、各地の句会にも積極的に参加されているそうです。それにしても京都から一気に北海道の句会へとは・・・問い合わせ受けた僕たちもビックリでした(;´∀`)
そんなニューさんとのお話の中で一つ、気になる話題がありました。

ニュー 「みなさんは、『けあらし』という言葉を知ってますか?」
りっきー「?『けあらし』?知ってますよ~。冬の季語ですよね。」
ニュー 「知ってますか!実はですね…」
話しによるとニューさんは以前、とある句会に赴いてこの『けあらし』を用いた句を詠んだところ、誰も『」けあらし』の事を分からずきょとん?とされてしまったとの事。
歳時記によっては載ってたり載ってなかったりとあるし、そもそもけあらし自体が冬のかなり冷え込む地域でないと起きない自然現象なので、その句会の中では全く馴染みのない言葉だったのでしょう。
ちなみにけあらしは気嵐と書いて、冬のヒッドイ寒い時期、外気温が川や湖などの水温よりはるかに下回る時に起こる現象。そーですねぇ、大体-20℃前後まで気温が下がると、川や湖から上がる水蒸気が凍ばれる空気に冷やされて、それがモクモクと霧の立ち上る様子として見ることが出来ます。 見た目はまるで露天風呂みたい(;´∀`)
主に冬の明け方、朝日が昇りだしたころに見られる現象ですねぇ。
ちなみにりっきーの住む地域ではマンホールや下水口なんかでも、けあらしが見られますよ。(ちなみに気嵐の出る朝は鼻で呼吸すると、鼻毛も凍る程の寒さです(;´Д`)

・・・よーするに何が言いたかったかというと、ニューさんにとって俳句の季語とは『全国共通』のものだと思ってたのが、実はそうでもなかったという事。
その地域その地域の伝統文化や方言、自然環境の中で出される俳句、取られる俳句が地域によって微妙に変わってくるという事に、ニューさんも改めて感じたんだと思います。
もちろん今回のお話は僕らにとっても大きな話題となり、色々考えさせられる事でもありました。うーむ。(-_-)
国や文化の垣根を越えて、『俳句』という共通の言語で語り合う。今回もひじょーに有意義なイベントになりました。
ニューさん、はるばる北海道と【itak】に遊びに来てくれて、ありがとうございました!
また機会がありましたら、ぜひ参加してくださいねー(^_^)/~


2016年6月21日火曜日

第19回松山俳句甲子園                          地方大会札幌会場観戦記&本選出場校のお知らせ


6月12日(日)晴れ 世の中はYOSAKOIソーランだってば。

どうも、野良猫です。
第19回松山俳句甲子園地方大会札幌会場の観戦に行って参りました。
出場校はこれまで俳句集団【itak】に参加してくれている札幌琴似工業高校旭川東高校、小樽潮陵高校の3校4チームでした。

当日会場となった東区民センターの大ホールがYOSAKOIソーランの会場だったらしく漏れ出る大音量にすっかりビビる。(野良猫はビビりだから大きな音はちょっとばかり苦手)。

地方大会会場となる視聴覚室には出場者、応援の部員、引率の先生方、OBやご家族そして当ブログやメールなどで聞き知った俳人の方々も詰めかけ盛況。JR北海道の運休があって旭川東大丈夫か!?間に合うのか!?と一時焦るもなんとか無事開会式に到着。思えばここからなにかが蠢いていたのかもしれない・・・。

審査員は5名。毎度おなじみの先生方です。
審査委員長は当会代表・五十嵐秀彦さん。以下連なる審査員は久保田哲子さん、内平あとりさん、籬朱子さん、松王かをりさん。

松山や旭川から来札のスタッフに促され、くじ引きで対戦の順番が決められます。リーグ戦で3試合、全国大会行きの切符をかけての戦いです。

第一試合・小樽潮陵高校対旭川東高校A、   兼題「水温む」。
第二試合・旭川東高校B対札幌琴似工業高校、兼題「水温む」。
第三試合・小樽潮陵高校対旭川東高校B、   兼題「猫の子」。 
第四試合・旭川東高校A対札幌琴似工業、   兼題「猫の子」。 
第五試合・旭川東高校A対旭川東高校B、    兼題「苺」。 
第六試合・琴似工業高校対小樽潮陵高校、   兼題「苺」。 

旭東はABともに男女混合チーム。琴工は男組。潮陵は女子会。
毎度ながら各校のカラーは様々です。開会式のあとすぐに試合が始まりました。
昨年本選準優勝の旭川東は当然本選優勝を狙っています。まずは札幌で勝ち上がる気合満点です。

試合の段取りは以前の記事を見て頂戴にゃん(猫キャラだった・・・

当日の試合結果は以下です。
作品とディベートの内容についても触れたいところですが、諸般有りまして内緒(^^

<第一試合>小樽潮陵対旭川東A
 兼題「水温む」
 3-0で小樽潮陵高等学校の勝利

<第二試合>旭川東B対琴似工業
 兼題「水温む」
 1-2で琴似工業高等学校の勝利

<第三試合>小樽潮陵対旭川東B
 兼題「猫の子」
 1-2で旭川東高等学校Bの勝利

<第四試合>旭川東A対琴似工業
 兼題「猫の子」
 3-0で旭川東高等学校Aの勝利

<第五試合>旭川東A対旭川東B
 兼題「苺」
 3-0で旭川東高等学校Aの勝利

<第六試合>琴似工業対小樽潮陵
 兼題「苺」
 1-2で小樽潮陵高等学校の勝利


小樽潮陵高校と旭川東高等学校Aの二校がともに二勝となりましたが、第一試合で小樽潮陵が旭川東Aに直接対決で勝利しているため、地方大会優勝・本選出場権獲得は小樽潮陵高等学校、準優勝が旭川東高等学校Aという結果になりました。

そして6/21(火)発表となった投句審査での出場8チームに北海道旭川東高等学校Aチームが残り、北海道からの参戦が2校となりました!これは本当にうれしいことです。いまから本選(の混乱するであろう状況)が楽しみでなりません。

地方大会札幌会場最優秀句には旭川東高等学校Bチーム、本庄 海くんの作品が選ばれました。第2試合の先鋒選の句でした。
この他にも試合には出されなかった佳句数句があげられました。

結果的に小樽潮陵高等学校が一足先に本選に歩を進めることとなりましたが、今回は全国大会優勝を狙った旭川東、実力をぐっとつけてきた琴似工業、小樽潮陵がそれぞれのスタイルでディベートに臨み、白熱の場面、笑いの場面とさまざまな局面で力をつくしました。制限時間内でそれぞれが出せる限りの力を出しているのを見て、観覧席からも時にどよめき、時に大きな笑いが巻き起こりました。この面白さを来年はもっと多くの方々に是非見ていただきたいものだと思いました。

この日は俳句甲子園の生みの親、夏井いつきさんが会場に駆けつけてくださいました。昨年の準優勝チームにいた柳元佑太くんや、俳句ポスト常連の村上海斗くんとの再会にお顔をほころばせていらっしゃいました。選手諸君も初めて見る夏井いつきさんに感激の様子。激励して頂けて良かったね!


また今回は出場しなかったものの【itak】によく来てくれている札幌創成高校の文芸同好会の生徒たちがボランティアに駆けつけてくれました。同年代の活躍を見ながら、来年はわたしたちも・・・と思ってもらえたならなにより嬉しいことです。旭川東と琴似工業のOBも手伝ってくれました。勉強や仕事のある中、貴重な週末をさしだしてくれたこと、感激します。
こうしてみんなで作られていく俳句甲子園のお手伝いができることは、【itak】にとってもなによりの喜びです。まず本選。そしてまた来年。爽やかで情熱的な時間を一緒に過ごしましょう。にゃん(猫キャラ思い出したw



地方大会はこの週末にも何か所かで開催され、本選出場校が出そろいました。本選の兼題も発表となっております。兼題提出期限は7/13正午。小樽潮陵高等学校・旭川東高等学校Aチームのみなさんには北海道の高校生代表として、松山で存分に戦って来てもらいたいと思います!

これからも北海道の高校生が活躍できるよう、俳句集団【itak】は全力で道内の文芸部のみなさんを応援いたします!タダで学べる勉強会のお知らせとか見逃しちゃだめだよ!


以上野良猫が大興奮で結局すっかり人間モードで書いちゃいました~にゃ~またにゃ~!


第19回松山俳句甲子園全国大会は8月20日(土)・21日(日)の二日間にわたって愛媛県松山市において開催されます。地方大会を勝ち残った各校と投句審査で選抜された36校の選手たちが俳句の本場・四国の夏を戦います。テレビでの放映などもあると思われます。情報が入り次第、【itak】ブログにおいても随時ご案内いたします。


第19回俳句甲子園全国大会の出場チーム36校
http://www.haikukoushien.com/list/index.php/topics/846/

第19回俳句甲子園全国大会の兼題
http://www.haikukoushien.com/list/index.php/topics/841/

 

2016年6月19日日曜日

俳句集団【itak】第25回句会評⑦ (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第25回句会評⑦

  2016年5月14日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 

 吊り橋を渡ってよりの花粉症   籬 朱子

何かの動作をした あとに 何かが始まった という俳句構成としてはよくあるタイプではあるが、そのとりとめのなさと、無関係さがよくできている。橋わたって どうこうしたというのも既視感があるが、「吊り橋」が意外とパンチが効いている。花粉症もとぼけていて、俳諧味のあるできになっている。

 夕闇に照らされている苺かな   角田萌

闇に照らされている という表現もねじれがあって好ましい。鼻の先だけ暮れ残る みたいな風情も感じなくはない。苺というふつうであれば太陽の恵みであたたかく、明るく、陽性なものに対して「人生のうすあかり」みたいなものを照らしたのが、俳句構成として違和感があってよいと思う。

 地下道へ吸い込まれたる日傘かな   高橋なつみ

この句も日傘の処理としては地下道にもってきたところが面白い。さんさんとふりそそぐ太陽のもとから、地下道またはガード下のようなところでもよいが、突然くらいところへ吸い込まれてゆく景を読み手に想像させる。吸い込みという謎ある措辞を使用したのが成功している。私は地下鉄へ下りてゆく階段を上から俯瞰したときに薄暗い中で白い日傘がぼーっと浮かび上がる景が見えてきた。

 余花の蝶半端な死者を追ひにけり   五十嵐秀彦

余花の時期に出てきた蝶、すこし旬をずれている。そんな蝶が歩いている人間にまとわりつく。歩いている人間は寺山に言わせると「不完全な死体」なので半端な死者に違いない。まとわりつく蝶も半端な死蝶なのだ。すべての措辞にねじれと鬱屈があり、好みではある。難をいえば「余花の蝶」がうるさい。中七以下で十分うるさいくらいに主張しているから、夏の蝶 でいいのではと思う。





以上です。忙しすぎて、いやなものを早くやっつけたい気持ちで書きました。不平不満はスタッフに申し付けください。次回はもうすこしゆったりと書きたいですね。

(了)


※お忙しいところたくさん読んでいただき、ありがとうございます。ファンがいっぱいいますから、ブログの執筆は嫌がらないでくださいね(^^(事務局 J)

2016年6月17日金曜日

俳句集団【itak】第25回句会評⑥ (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第25回句会評⑥

  2016年5月14日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 

 食卓で書く蛙の詩死なない詩    瀬戸優理子

俳句17文字に詩という措辞をいれるのは難しいし、私も自分でトライしたことあるからわかるのだが、鼻白む感じも否めない。この句はまさに十七文字の詩としていただいた。蛙の詩は現代詩てきに読みたいので「かわず」よりも「かえる」が良いと思う。中七まではまさに生活詠なのではと思う。食卓に座っていると近くから蛙の声が聞こえてきた。おもわず俳人である作者は卓上で「書き留めた」これも蛙の詩だよね。と思ったかもしれない、詠んでいる自分も蛙もいつか死ぬのだが、この一瞬「書き留めた詩」は死なないかもしれないとふと思ったのかもしれないのだ。詩人、俳人にとってはそれは至福の時でもある。

 アスパラの一家をあげて早回し  頑黒和尚

アスパラの成長の速さと、一家のわが子たちの成長の速さを思ったとき、そこに相同性という比喩がうまれる。アスパラの4~5本をカメラで早回ししたら、テレビなどでよく見るが、まるでわが一家のようだと捉えるのもよいだろう。いずれにしても一家、早回しの措辞が生きている。

 力むほど進まぬ二人貸ボート   大原智也

いまの若い子たちはデートでボートなんか乗るのかな?とふと心配になった。昭和世代は絶対に経験があるはずだ。わたしのように恋愛の経験が極端にすくないものでさえ、乗ったことがある。けっこう下手で、岸に無事に戻れるかとても心配だった。中七までのフレーズは普遍的によい。貸ボートの収め方もさりげなくうまい。

 薫風や小川へ流す愚痴ひとつ   松田ナツ

薫風という明るくてポジテイブなもの と 愚痴というネガテイブなものとの取り合わせ。組み合わせとしては古典的なのであるが、薫風の句としては新しい取り組み方のように感じる。小川へ流す もさりげなく、ポジテイブな明日へ向かいつつある感じがしてうまい。

(つづく)