獣医師・俳人 安田豆作さん講演会
『重種馬の生産の現状と、馬の俳句』
俳句集団【itak】の16回目となるイベント・句会が、11月8日(土)、道立文学館(札幌市中央区中島公園)で開かれました。今回は、北海道帯広市の隣町、十勝管内幕別町の獣医師で、俳人の安田豆作さんが「重種馬の生産の現状と、馬の俳句」と題して講演しました。帯広市では、鉄製の重い橇を引っ張り、障害を乗り越える公営競馬「ばんえい競馬」が全国唯一、開催されています。同競馬に使われるのは、北海道で農耕馬などに使われてきた重種馬(じゅうしゅば)、「ばんえい馬」。獣医師として、ばんえい馬を見続けてきた安田さんは、講演で重種馬の一生や生産の現状を解説しました。また、芭蕉や子規、兜太ら著名俳人が詠んだ、馬を題材とした句を紹介しながら、各時代の俳句と馬の関係について考察しました。講演の詳報を掲載します。
やすだ・まめさく 1960年生まれ。十勝農業共済組合の獣医師で、NPO「とかち馬文化を支える会」の会員。俳句では、日本伝統俳句協会、北海道俳句協会の会員。「ホトトギス」「桑海」「柏林」に所属する。
ブログ「北の(来たの?)獣医師」http://mamesaku.livedoor.biz/
【馬の生産】
●戸数の減少が課題
前半は、馬の生産地である私の地元十勝や仕事の話を、後半は馬の俳句の話をしたいと思います。
私の今の仕事(獣医師)の9割は牛の仕事で、馬は1割程度です。
重種馬(じゅうしゅば)という言葉は、あまり聞き慣れないと思います。馬という動物をおおざっぱに分類すると、体重の重い「重種馬」、中くらいの「軽種馬」、小さい「小型馬」と三つに分けられます。犬の場合も「大型犬」「中型犬」「小型犬」と言いますよね。同じようなイメージです。
競馬でおなじみの「サラブレッド」は軽種馬の代表的な品種です。JRAの馬ですね。私の勤める十勝には「ばんえい競馬」が残っていますが、そこの馬は、体重がサラブレットの倍近い、800キロ~1トンの「ペルシュロン」「ブルトン」「ベルジアン」という品種の重種馬です。開拓の際に農耕馬などとして使われた馬が「ばんえい競走馬」として残っています。年配の人は覚えていると思いますが、馬橇を引く馬としても活躍しました。小型馬は、ポニーやドサンコなど。最近人気があり、増えています。
ただ、全国の馬の頭数は年々減っています。サラブレッドなどの軽種馬は(馬事協会の資料で)約6万頭、重種馬は景気の衰退とともに減り、3万頭いたのが現在は2万頭弱。小型は愛玩動物として頑張って生産され、2万2千頭くらい。全部合わせると約10万頭が全国にいますが、例えば牛と比較すると、牛は十勝だけで17〜18万頭。馬は日本全国で10万頭。現在はそういう状況です。
十勝管内では、私が仕事を始めた昭和の終わり、バブルで景気がよくなり、馬肉の需要もあり、馬の数は5千頭まで増えました。その後、円高やバブル崩壊で不況になり、一気に減ってきて、平成23年で2千頭を割ってしまった。もっと寂しいのは、生産戸数です。昔は数千戸いたけど、どんどん減り、歯止めがきかず、今では管内で数百戸しかいない。高齢化も進み、跡取りもいません。非常にさみしく、懸念しています。生産技術を使う場所がない。少しでも馬の生産のことを知ってもらって、ぜひ馬に理解を持ってもらいたいと持っています。
●発情期の発見が鍵
次に馬の生産について説明します。まずは繁殖牝馬の購入です。馬に限らず、畜産の第一歩は、増やすことです。えさをやっているだけではしょうがない。とにかく妊娠させないといけない。牝馬が重要。雄は血統の良い馬が少頭数いればすみますが、雌は出来るだけ多く飼って妊娠させて増やすのが基本です。いかに妊娠させるかです。
食べ物ですが、牧草が主食です。冬は、ストックした牧草や干し草。エンバク、サプリメントなども与えています。ただ、最近は良い飼料は牛に取られるので、馬に回って来るものは少ない。
妊娠をさせるためには、牝馬の発情を見つけないといけません。馬は季節繁殖動物(長日動物)と言われ、春分のころ、日が長くなるころに発情期を迎えます。黄体ホルモンという値が上がると妊娠の準備となります。馬の排卵は3週間に1回。排卵日の数日前の交配で妊娠しやすい。排卵日の4、5日前くらいから発情します。妊娠をしなければ21日くらいで(発情を)繰り返します。発情期が交配のチャンス。これを逃すと妊娠できません。
発情を見つけるには、馬に聞くのが一番。そこで「当て馬」の出番です。メス馬にオス馬(当て馬)を近づけます。基本的にオス馬はメス馬が大好き。でもメスは普段、オス馬をあまり好きではなく、寄せ付けません。排卵日に近くなるときだけOKとなる。当て馬となるオスは(発情期ではない)メスに(嫌われて)蹴られることもあります。血統の良い馬は、けがをされては困る。そこで、血統的な魅力はいまいちでも、牝馬の心理が分かるロートル、年寄りの馬が、当て馬に使われます。発情しているメスは、オスが近づいても嫌がりません。ただ、当て馬は、メスが嫌がらずにじっとしているのを確認したら、そこまで。残念ながらそこで役割は終わりです。当て馬でも(発情期が)良く分からない場合、発情期を見極めるのは獣医の仕事です。膣鏡を入れて観察したり、肛門に手を入れて、直腸越しに卵巣をつかみます。卵は手で触れるんですが、排卵が近くなると(卵巣が)大きくなるんです。
次に交配です。馬は、「交尾」とは言わずに「交配」と言います。「交配」も学術用語で、現場では「種付け」と言います。種雄馬(しゅゆうば)=種馬(たねうま)を掛け合わせます。1トン近い種馬が800キロくらいの牝馬に乗りかかり、勇壮です。(牝馬が種馬を)おっかながったり(怖がったり)、種馬が遠方にいて、馬同志の移動が大変な場合は、人工授精を行います。ただ、サラブレッドは人工授精が規定で禁じられています。重種馬ではOKです。人工授精で大変なのは、種馬から精液を取ることです。精液を採取するためには人工膣を使います。種馬の「さお(陰茎)」をつかんで、人工膣に入れる。これが、すごい力を受ける危険な作業なんです。ヘルメット、安全靴を使わなくてはなりません。100ミリリットルほどの精液が出ますが、それを専用のストローで、発情期の来た牝馬に注入します。
●8割は夜中の出産
種付けしても妊娠するかどうかは分かりません。妊娠すると発情がなくなるので時間がたてば分かりますが、超音波の写真を撮って妊娠診断することが一般的です。人間はお腹に超音波を当てますが、馬の場合はお腹の外からでなく、肛門から手を入れて直腸越しに子宮を撮影します。
馬の妊娠期間は11カ月(330日)です。たとえば5月5日に交配すると翌年4月5日頃に産まれます。牛は9カ月と10日(280日)、人間も、牛と同じで280日です(いわゆる「十月十日」は数え月で、実際には9カ月と7日)。馬は50日ほど長い計算です。
分娩・お産の際には、破水してフクロ(胎胞)が出てくる。獣医師は、正常分娩より、重い分娩に立ち会うことが多いですが、夜の暗いうちに産まれるのが8割くらいです。産まれたばかりの馬は、「とねっこ」「当歳馬」と言います。3~6月が仔馬の出産のピーク。牛の場合はほとんど人工哺育ですが、馬は実の親に育てられます。親と一緒に牧場に放します。重種馬のとねっこは、7~8ヶ月で400~500キロになり、大人のサラブレッドと同じくらいの体重になります。
馬の年齢の数え方は、2001年から満年齢に変わりました。昔は数え年でした。競馬の日本ダービーも昔は4歳馬でしたが、今の数え方では3歳馬です。人間の4倍掛けくらいなので、中学生くらいでしょうか。JRAの「天皇賞」やばんえいの「農林水産大臣賞」は、5、6歳~10歳くらいまでの馬、人間で言うと22~34歳が活躍しています。競走馬は10歳くらいで定年となります。定年後、オスは種馬になるか、去勢されて馬車や使役馬になったり、お祭りで登場したり。そうでなければ九州にいってお肉になる。牝馬は定年はないですが、(競走馬を終えたら)繁殖牝馬として農家に戻ります。種付けをされて、次世代の子を産むというライフサイクルです。
1歳や2歳になると市場に出されます。各地で品評会や競り市が、行われますが、買い主は、大きく分けて二つ。ばんえい競馬関係の馬主、もう一つは肥育業者、主に九州から来る業者です。我々としては、ぜひともばんえい競馬の関係者に買ってもらいたいのですが。値段も、バブルの頃は1頭100万円を超える時代もありましたが今は半値くらい。馬は、牛と違って貿易の保護がなく、完全自由化商品なんです。為替相場に大きく影響されます。バブルがはじけた平成7年くらいから、九州の肉屋さんが買いに来なくなってしまった。カナダやアメリカなど外国の馬を買いに行く。円が高いから。でも、九州の馬肉業者さんは馬の生産現場を底で支える、とても大切な存在です。
競り主に渡った後は、ばんえい競馬のテストに向け、練習します。ばんえい競走馬になるためにはテスト、能力検定というがあり、受かった馬はめでたく花形の人生を送れます。不合格だとオスは去勢されて肉や使役馬に、メスは繁殖馬となります。馬そり、馬車などの道も僅かにあります。
みなさんには馬肉を食べて、生産に貢献してもらいたいと願っています。薫製の馬肉や、馬油もあります。コンビーフも、実は赤いところは馬肉を使っている。今は、馬が入っているとビーフとは言えないので「ニューコンミート」と言う名前でも売っています。馬肉を食べてもらって馬の生産が活性化すると、ぼくの仕事も無くならずに済みます。馬たちの人への貢献や、感謝の気持ちを込めて、馬たちの慰霊碑もあちこちにあるんですよ。
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