2019年1月27日日曜日

俳句集団【itak】第37回イベント抄録 『ベトナム季節感から生まれる季語』

俳句集団【itak】第37回イベント 講演会詳報
『ベトナム季節感から生まれる季語』 グエン・ヴー・クイン・ニュー



 俳句集団【itak】の第37回のイベントが2018年5月12日、道立文学館(札幌市中央区中島公園)で開かれ、ベトナム人俳句研究者グエン・ヴー・クイン・ニューさんが講演しました。ニューさんは、ベトナムでの俳句の普及にも携わっており、国際日本文化研究センター(京都)で「国際化時代の新たな日本古典学―ベトナムにおける教育実践の研究―」というテーマで研究を行っています。講演では、ベトナムにおける俳句事情や季節感について解説。今はまだ発刊されていない「ベトナム歳時記」の可能性について探りました。
詳報を掲載します。

◆◆◆
きょうは「季節感」について話したいと思います。でも、うまく話せるのか、とても緊張しています。というのも、ベトナムと日本の気候は、だいぶ違うからです。私はベトナムの南部に生まれましたが、特に北海道とは、季節の違いはとても大きいです。日本は古くから和歌などで季節が詠まれ、歳時記もあります。ベトナムには歳時記もないですし、「季語」も分からない人が多いです。

●ベトナムの季節
始めに、ベトナムはどんな季節があるのかを説明します。ベトナムは南北に長い国です。大きく北部、南部、中部に分かれています。私は南部で生まれました。両親は北部です。北部と南部では少し季節が違います。北部には少し四季のイメージがあると思いますが、南部は一年中暑い。常夏です。平均気温も22度くらい。今日(5月)も、35度くらいあると思う。とても暑い。日本の四季のイメージはありません。中部は雨が多いけど、そんなに寒くない。南部出身の私が京都に行くときには、「とても寒いけど大丈夫?」と言われました。
ベトナムには基本的に乾期と雨期しかありません。11月から4月までが乾期、5~10月が雨期です。南部、中部では少しずれますが。ですから、ベトナムの俳句では、季語を軽視する傾向にある。季節を感じていないので、「なぜ、ベトナムで季語が俳句に必要なのか」という論議もあります。
ベトナムの俳句を一つ紹介します。

Tay cầm vô lăng (タイ・カム・ヴォー・ラン)
xoay vòng đời(ソアイ・ヴォン・ドイ)
sinh – tử(シン・トゥー)
ルウ・ドック・チュン作
「ハンドルや人生の輪を生きる死ぬ」(日本語訳)


 この俳句を見ても、季語はなさそうですね。
そもそも、ベトナムには、いつから「俳句」が広まってきたのか? ベトナムではもともと、漢字が使われていましたが、1945年にフランスから独立して、ローマ字が導入されました。日本の俳句は、主に北部に入ってきて、1986年ごろに高校の教科書に松尾芭蕉などが使われました。ただ、当時はあまり俳句は、普及しませんでした。2007年、ベトナムで初めて日越俳句コンテストが開催されました。そのとき私は日本総領事の広報文化班で仕事をしていました。このコンテストで、俳句がブームになってきました。昨年(2017年)は第6回を迎えました。はじめは日本語部門、ベトナム語部門がありましたが、第5回からベトナム語部門だけになっています。
コンテストでは、独自の(俳句の)ルールを作りました(3行で書き表し、各行の文字数=単語数=は5・7・5文字=単語=を超えない)。
また季語も問いませんでした。テーマや季語はありません。私は季語を導入したかったのですが、反対されました。もう10年もたって、慣れてしまっているので、このルールを変えるのは難しいかなと思います。
ベトナム語には、一つの字に一つの音があり、それぞれ六つの声調があります。北部が標準(発音)と言われ、中部、南部では発音も違います。日本でも方言がありますよね。六つの声調があるので、意味が分からなくても(ベトナムの俳句は)歌のように聞こえると言われます。日本の俳句よりもリズムがあると言われます。

Mộ bên đường モー・ベン・ドウン
Cơn mưa phùn ướt コン・ムア・フン・ウオット
Sân khấu dế non. サン・カウ・ゼー・ノン
「道の墓 霧雨の中 虫奏で」(日本語訳)
(チャン・ズイ・クオ作、第5回日越俳句コンテスト2015年、ベトナム語部門第一位)


ベトナムでは短い詩が好まれるので、俳句もすぐにブームとなりました。ただ、5・7・5にはならず、3・4・3のような形が多いです。日本のように季語ではなく、周りの生活のきれいなことを表現できたら、それを詩にする。

Trái đất luôn quay tròn   チャイ・ドァット・ルオン・クアイ・チョン
Bình minh nơi bạn sớm hơn tôi ビン・ミン・ノイ・バン・ソム・ホン・トイ
Gọi tôi dậy, bạn ơi  ゴイ・トイ・ザイ・バン・オイ
「地球はぐるぐる回る あなたの所はもう朝ね  私を起こして」(日本語訳)
(ニン・クイン・ニュー作= 女子 13歳、第14回世界こどもハイクコンテスト"朝" 大賞作品)

JALの世界こども俳句コンテストベトナム大会の作品です。これは5・7・5となっています。子供のほうが5・7・5となることが多いようです。子供コンテストには「題」があります。これは「朝」という題。子どもから俳句を始めるなら、季題があったほうがいいと思います。

●季節感はあるのか?
ベトナムの雨期と乾期があると言いましたが、俳句でも雨期と乾期を詠んだ作品が多いです。「雨」とか「干ばつ」とか。「雨」のほうが多いかな。干ばつはあまりイメージがわかないので、雨がよく俳句になっています。
では、ベトナムの季語は本当に必要なのか? 私はこの問題を一度論文に書いたことがあります。今は少しお休みしていますが、研究はしています。ベトナムでは季節が把握できないので、自分の俳句の中に季語を入れることは難しい。季語は軽視されがちです。あっても偶然の場合が多い。季語のイメージがないことが問題です。でも実は、伝統的な詩には、自然を表すものが多い。なのに、俳句にどうして季語を導入できないのか。残念だなと思っています。

Nhumg co hang xen rang den  ニュン・コー・ハン・ソム・ラン・デン
Cuoi nhu mua thu toa nang...  クォイ・ニュー・ムア・トゥ・トア・ナン
「小間物屋のお歯黒の娘、その笑顔は秋光の如し…」(日本語訳)


伝統的な詩人ホアン・カムの詩です。「秋光」(mua thu toa nang)という言葉があります。ベトナムでも詩の中に自然や季節を表すことはあります。
私は、ベトナムでも季語が導入できると思っています。形式よりは季語が大事と思っています。「お歯黒」の詩を見ても分かるように、伝統的な文化の中に自然を表せることはできます。雨期、乾期だけでも俳句で表せると思っています。

Nước đè  ヌオック・デー
ngói nâu ngụp lặn ゴイ・ナウ・グップ・ラン
cây dang tay đón người カイ・ザン・タイ・ドン・グオイ
「水溢れ タイル浸漬 木が迎え」(日本語訳)
(チャン・ティ・フェ、第5回日越俳句コンテスト)

台風、浸水、洪水はよくあるので、このような句ができます。「水溢れ(Nước đè)」「浸漬(ngụp lặn)」などは、季語としても使えると思います。

●歳時記の可能性
季語をルールとして導入するためには、「歳時記」をつくることが必要だと思っています。私が今、日文研(国際日本文化研究センター)で勉強しているのは、いつかわからないけど、目標としてベトナムの歳時記できたらいいと思っているからです。私が勝手に考えている季語のことを紹介したいと思います。
ベトナムにも、時候、天文、自然観、年中行事などがあり、季語は十分集められます。例えば、メコンデルタには「取水期」というのがあります。6~9月。これも季語として導入できるかなと考えています。
季節によって花も違います。ベトナムには旧正月の花があります。1月末から2月中旬くらい。梅のような花ですが、北部は赤く、南は黄色です。同じ国なので、同じ旧正月なのに違う花です。3月のカーペー。コーヒーの花です。5月には「火炎樹」という花があります。学生にとって大きな意味のある花です。高校生活、試験シーズンが終わる時期で、この花を見ると学生時代を思い出します。この花から押し花を作って、学生時代の記念にします。6月はハスです。ハノイの花です。南部はハスは8月となります。日本人の人たちと8月に初吟行を行いましたが、南部ではハスを見ました。10月は北部で菊があります。12月にも、いろんな花があります。

果物もあります。6月はライチのシーズン。2月はスイカやマンゴー。日本で2月に俳句を作ったときに、「スイカ」を使ったら、だめだと言われました。だったらマンゴーにしたら、それもダメと。日本は両方とも、夏だから。ベトナムではスイカは2月なのですが…。6月にベトナムに来られたら、バイクのカゴにはライチが山積みになっていると思います。ライチは北部ハノイしかありません。北のほうだけれど、トラックに詰んで中南部に運んできます。道にいるとトラックやバイクのかごにいっぱいのライチを見ることができます。
生活の中にも、季語になれる言葉があると考えています。
アオザイのすそひるがえる通り雨
(グエン・ホアン・ヴー、2009年第2回日越俳句コンテスト、日本語俳句部入賞2位)
ベトナムは9月が入学の時期です。お母さんが、娘のためのアオザイを用意する。学生のときには白いアオザイあります。
農業の生活の中にも季語を表せるものがあります。ベトナムの俳人にも季語を反対する人がいますが、私は季語がないのはもったいないと思っています。乾期・雨期しかないと言われるけど、季語はつくれると思います。
ベトナムでは、雨期に傘ではなく、カッパ、レインコートを着ます。バイクを運転するので傘は使わない。みんなカッパを着てバイクを運転します。レインコート、カッパも季語になれると考えます。

●ベトナムの行事
年中行事もいっぱいあります。毎月いろいろあります。日本もそうですが、中国から入り込んでいる行事があります。年中行事の中に季節の変化が現れるものもあります。

日本にはないものとして、ベトナムには11月20日に「先生の日」があります。また、3月8日、10月20日と女性の日が、年に2回あります。女性への感謝の気持ちがあります。でも、逆に男性の日はありません。女性の日には男性が薔薇の花を渡します。これも季語になれると思います。バレンタインデーは、ベトナムでは男性から女性に贈ります。花とか薔薇とかチョコとか。3月14日の「ホワイトデー」はベトナムにはありません。9月が入学です。
旧正月のときには、お餅を食べます。お菓子もあります。これも季語になれます。月ごとに言葉を集めればベトナムでも歳時記ができるのかなと思います。
日本の人が、ベトナムについて詠んだ俳句があります。
玉を守る戦士の墓やハンモック(西野徹)
ベトナム吟行にいった際にハンモックについて読んだものです。感動しました。
4月30日には大きな行事があります。解放記念日です。南部とアメリカの戦争が終わった日です。暑い時期ですから海や公園に行きます。涼しいところに行きます。ハンモックについてどういうイメージがありますか? 暑いから公園にいってハンモックをかけて過ごす。日本人がハンモックを詠んでくれて感動しました。
目標としては、ベトナムでも300の言葉を集めれば、季語を作れると思います。今回紹介したものを集めても、100くらいの言葉は季語になるのではないかと考えている。ほかにも生活、文化の中に、季語を表す言葉があると思います。
ベトナムに、「母の日記 / Nhật Ký Của Mẹ」(ハイ・チュウ)という有名な歌があります。(→https://www.youtube.com/watch?v=yRTntSSjnc4)
とても有名で人気があります。日本語にも訳されています(よしもとかよ訳)。
歌詞の中に、季語としての言葉がたくさんあります。「登校」「夏の終わり」「太陽の光」「試験(ベトナムでは7月)」「雨の後」など。一つの歌だけでも、生活の中にたくさん季語がある。だから、ベトナム語の歳時記を作りたい。ベトナム俳人の中に、歳時記をつくるという考え方は、今は私しかいないと思います。
こんなことがありました。
けあらしのパトカー早朝出動す(太田惇子)
「現代俳句歳時記」に「けあらし」という季語の句がありました。そこで私もけあらしの句を作りました。
けあらしに水際知らぬ声を出す(グエン・ヴー・クイン・ニュー)。
京都の句会に出したら、みんな、「けあらし」が分からなかった。違う句に変えてみたらとも言われました。歳時記にある季語なのに…。「けあらし」は東京の人にも分からない。2年前に「itak」に参加してみたら、さすがにみんな知っていました。同じ国の中でも分からないことがあります。ましてや国が違ったら、文化も違う、気候も違う。
新しいこと、新しいルールを入れることは難しいことですが、頑張っています。一人は無理なので、日本で勉強して、みなさんに協力していただければ、将来的には歳時記はできると思います。意見などいただければありがたいと思っております。
(了)

2019年1月26日土曜日

第37回イベント抄録アップのお知らせ

こんばんは。俳句集団【itak】事務局です。
2019年が始まり新年のご挨拶もすっかり遅くなってしまいましたが、本年もどうぞよろしくお願い致します。
本年最初のイベントは去る1月19日に道立文学館で「第41回イベント『アート・クラフトからみた俳句』」が行われました。
1月で足元の悪い時期にもかかわらず、多くの方にご来場いただけた事、この場をお借りして心よりお礼申し上げます。
次回イベントは3月9日(土)に予定しております。こちらのイベント案内についても後日改めて告知しますので、しばしお待ちいただきたく思います。

本日の案内は1月27日(日)の18:00に当ブログ上にて、昨年5月に行われた第37回イベント「ベトナム季節感から生まれる季語」の抄録をアップする予定です。(大分時間が経ってしまい、関係各位の皆様本当にゴメンなさい!)
今回の抄録も非常に興味深い内容となっておりますので、お時間のある時に是非ご一読いただければと思います。


どうぞよろしくお願い致します。