~解説と朗読~
『アメリカの詩と私の詩』
詩人 矢口以文
2013年11月9日・道立文学館
私は長いこと北星(北星学園大学)で教えてきました。しかしアメリカの詩といっても沢山あります。ひとくちにアメリカと言ってもいくつかあります。南アメリカとか、アメリカ合衆国、それにカナダとか。それから合衆国ではありますが、極北にはエスキモーが住んでいます。またインデアンと言われる人達も住んでいます。彼らの多くは自分の種族をnationと呼んでいます。
ここに『オーロラ』という雑誌があります。インデアンのナワトル族にずっと昔から伝わる詩の形の伝説を、私が訳して載せています。その人たちは私たちと似ているところがありますが、同時にすごく違います。農業主体の人たちです。彼らの一年は12ヶ月ではなく、もう少し長いのです。そして一年の終わりに一番姿のいい若い男性、どこにも傷の無い男性を神に供えるという習慣があります。非常に興味深い。しかし私達の国にこういう習慣や信仰があると困ります。また、エスキモーに伝わる詩的な伝説を訳したことがあります。現代の詩と似通ったところがあります。
私が主に教えてきたのはカナダの詩と特にアメリカの詩です。アメリカの詩は三十数年教えました。アメリカの詩はイギリスの詩と比べて伝統が短くて、大したものではないと思われています。18世紀までは大したものではなかったようです。しかし19世紀になると面白い詩人が二人出てきます。ひとりは皆さんご存知のホイットマンです。北海道の詩人はホイットマンが大好きですね。有島武郎が北海道大学でホイットマンの詩を教えたり、訳したりしました。もうひとりはエミリィ・ディッキンスンです。短い詩を書きました。俳句とすごく近いような感じだと言うひともいるんです。
アメリカにはこのホイットマンとディッキンスンの二つの大きな伝統があります。ホイットマンは口語体を使う詩人でした。話し言葉の詩人でした。ディッキンスンは凝縮された、言葉の節約で有名な詩人です。的確なイメージを作り上げました。その二人の伝統が、以後の詩人達に受け継がれています。
今日はまず20世紀の中ごろにかけて活躍した三人の詩人と、それ以降に活躍した二人の詩人を、少しの時間ですが取り上げてみたいと思います。
1.カール・サンドバーグ
(Carl Sandburg, 1878-1967)
シカゴで活躍した詩人です。シカゴは色々な人種が集まって、活気に溢れた都市でした。1912年にそこで『ポエトリー』という雑誌が生まれました。「詩」または「詩学」という意味です。今でも続いてる雑誌です。 当時、野心的な詩人たちがこれに参加して、『シカゴルネッサンス』とも呼ばれ、一時代を画しました。その中のひとりが、カール・サンドバーグです。ロバート・フロストもそれに関わっていました。それではカール・サンドバーグの詩を読んでみます。
この詩の背景はシカゴです。シカゴには大きな湖があって、霧が立ち込めていることが少なくありません。その霧が子猫の足取りでやってきて、少しの間腰をおろして周りを見回し、それから去っていく、という詩です。短い、きれいなイメージです。俳句に近い感じです。この詩人はこのような短い詩を書きましたが、長い詩も書きました。労働者や貧しい人たちの姿を、彼らの言葉を使って描きました。フォークソングも作った詩人としても知られています。
2.ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ
(William Carlos
Williams, 1883-1963)
アメリカの現代詩は理屈っぽく、表現も非常に難解なところがあるということで、あまり評判が良くなかったんです。その中でウィリアムズは普通の言葉で書きました。小児科の医者だったのです。彼の後、息子さんも小児科の医者をやっていました。この作品は、奥さんに対する詩です。難解な詩が書かれている中で、このような作品を書いたことは驚きです。
「これは現代詩ですか?」と問う人達がいますが、やっぱり現代詩です。現代の人達の心に新鮮な喜びと驚きを与えます。彼は長い詩も書きました。『パタソン』という作品です。自分の住んでいる地方の詩を、新聞記事や誰かの手紙なんかも入れて書き上げています。頭で書いた詩ではなく、土地に根ざした作品です。
3.ロバート・フロスト
(Robert Frost 1874-1963)
この人も有名な詩人です。ケネディ大統領が大統領就任式にフロストに詩を朗読するよう依頼しました。それに応えて彼は朗読しました。沢山の詩を書きました。ひところアメリカでは彼についての博士論文が量産されました。長い詩を書きましたが、短い詩も書きました。イギリスの詩は定型詩が多いのですが、アメリカでは定型にこだわらない詩、すなわち自由詩が多いようです。定型とは例えば強弱とか弱強とかのリズムに合うように書かれます。形が整っています。米国ではホイットマンがそこから脱出して、口語体の作品を多く作りました。サンドバーグとかウィリアムズは、自由な口語体で多くの詩を書きました。フロストについて言えば口語体で書きましたが、時としては定型の余韻も残っている作品もあります。
御存知の様に、アメリカやイギリスの詩人たちの多くはキリスト教の影響を受けています。クリスチャンであるかどうかは別にして、です。フロストもキリスト教の影響を受けています。キリスト教徒の多くは、「世の中が終わりが来るんだ、世の中に終りがあるんだ」と信じています。このような「世の終わり」の枠組みを使って、フロストは自分の言いたい事を書いています。事実、世界は炎で終わるという教えが、キリスト教の中にあります。燃え上がって絶滅すると信じている人たちがかなりいます。「氷で終る」というのは、聖書の中にはありませんが、寒い地方に住んでいる人たちの中にはあります。だから「ある人たちは氷で終ると言う。私が欲望について味わってきたところからいうと、炎で終ると言う人たちに同意する。だけどもし二度滅びるならば、憎悪についても十分に知っているので、破滅には氷もまた偉大で十分だと言うだろう」と書きました。
何を言ってるのでしょうか?この世の人たちは憎悪に捕われている。欲望にも捕われている。だからこの世の中は危険な状態になり、終るかもしれない、と言っているのでしょうか。現代文明に対する批判がさりげなく表現されています。読んだ人の胸にズシッと来るものがあると思います。
フロストの作品の中には伝統的なリズムも入ってることがあると述べました。英詩のリズムには強弱、弱強というものもあります。この詩の一行目ですがSomeが弱くて、sayが強い。次の語が弱くて、その次の語が強い。というように弱強のリズムです。弱強格と呼ばれます。しかし次の行は短すぎる。このように伝統的な行とルーズな行が組み合わさっています。伝統的な詩形を全く無視しているわけでもないのです。
4.デニス・レバトフ
(Denis Levertov, 1923-1997)
私の敬愛する女性詩人です。強烈な感情を持った女性でした。この詩「Misnomer」というのは、「誤称」という意味です。間違った名前をつけたということです。戦争とか、戦争にくみする科学を、厳しい口調で批判しています。「私たち詩人は、そういうものから逃げては駄目です。批判しなければいけません。声を出さなければいけません。」と常に言っていました。非常に強い詩人ではありますが、同時に優しい所もかなりありました。
翻訳の問題があります。一行目のThey speak of the art of war.のところです。Artは技術と訳しましたが、芸術でもあるのです。 日本語で何と訳せば良いのでしょうかね。
「戦争の芸術」とは訳せないから「戦争の技術」と訳しました。「芸術は魂の井戸から光をくみあげる」が「戦争は魂を枯渇させ、その力を暗く燃える荒れ野からくみあげる」とあります。全くのコントラストです。
レオナルドというのはレオナルド・ダ・ヴィンチのことです。彼は天才で、色々な機械を作り上げたが、「破滅をもたらす機械を考案するのに才能を集中した時」、即ち戦争のための爆弾や飛行機を作るために才能を集中した時、芸術に奉仕していたのではなくて、芸術の命を深遠の上に吊るしていたのだ、というのです。丁度30,000フィートのうえから子供を吊るしているようなものだ、と書いています。戦争の道具を作るような技術や科学を彼女は否定しています。彼女の作品は広く読まれました。イギリス生まれですがアメリカ人と結婚して、アメリカに渡りました。
5.ウィリアム・スタフォード
(William Stafford,
1914-1993)
1993年に亡くなったんですが、生きている間は私の最も親しいアメリカの詩人でした。兄のような存在でした。大変に尊敬されて、良く読まれた詩人です。この詩「A History Of Hokkaido」というのは、札幌に来た時に書いた作品です。私のところに滞在していた時、一緒に散歩したり、百年記念塔に行ったり、支笏湖に行ったりして楽しい時間を過ごしました。この詩は、残念な事に出版されませんでした。彼は多くの作品を残しました。私のところに滞在していた時も、十数篇書いる筈です。ある時私に「今日は詩を何篇書いたの?」と聞いてきました。「二篇ぐらい」と答えると、「たったそれだけ?」とほほ笑みながら返してきました。
亡くなったのは1993年の9月でした。生まれたのが1月で、ここ毎年1月に、米国の十数ヶ所で彼を偲んでの朗読会と講演会が開かれています。札幌でも1月に北星学園大学で偲ぶ会を行っています。2014年の1月に生誕百年祭が札幌の姉妹都市であるポートランドで行われます。彼は良心的兵役拒否者でした。僕も戦争絶対反対論者です。
(つづく)
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