『 秀彦が読む 』 (最終回・掲句一覧)
~第10回の句会から~
五 十 嵐 秀 彦
掛大根峡の日差しの逃げやすし谷間の家で大根を干している。すだれのように何本も、黒っぽい家の板壁に。その白い大根に今まで当っていた日の光が急に翳るのだ。谷間の日差しがすばやく逃げていってしまうその一瞬を「峡の日差しの逃げやすし」と詠んだのはみごとな観察である。
そしてその日差しの逃げてゆく様をより印象的に演出しているのが「掛大根」だ。
完璧で隙の無い句。
世渡りは不渡りなるや薬喰
だじゃれと言ってしまえばそうなのだが、「世渡り」と「不渡り」は人生と死神の関係にも似て実にブラック。こうやって生きればこうなるだろうと思っても、ちっとも希望どおりにはならない。それが人生ならば、人生とはまさに不渡りの連続である。
作者は少し厭世的になっていて、まあ、そこまで行かずとも、自分を世渡りベタと感じているのだろう。だけどそのネガティブな感情も「や」の切れ字で転換される。ここは切れの功名である。座に「薬喰」が置かれ、陰鬱なものは遠ざかり、気楽に行こうよというユーモアが救いとなっている句だ。
さてスキヤキでも食べましょうか。
薬飲むための軽食冬はじめ
薬は食後に服用と薬袋に書かれているのだろう。
薬は飲まねばならない。しかし、食欲がないのだ。じゃあ食べないでも薬を飲んでしまえばいいようにも思うが、作者は律儀なのである。食後と書かれていれば絶対食後なのだ。
それで、なんでもいいから簡単なもの、たとえばアンパンのようなもの、バナナのようなもの、そんな軽食をとってから薬を飲んだのである。
ただ、自分の律儀さ真面目さを、作者はどこかで皮肉な思いで見ているのだろう。
その思いがこの一句を生んでいるのだ。
(了)
『秀彦が読む』をご高覧頂きありがとうございました。
文中掲句について一覧をまとめましたのでご覧くださいませ。
(その1)
団栗を拾ふ賢治の夢に逢ふ 平 倫子
三島忌やノイズにまみれたるラジオ 橋本 喜夫
葉が落ちるそっと過ぎ去る風がある 矢口 以文
葉が落ちるそっと過ぎ去る風がある 矢口 以文
(その2)
寒空に子供の声と早い闇 宮川 双葉
木の葉髪アフリカゾウの頭頂部 福井たんぽぽ
すれ違ふ犬の後から冬来る 小笠原かほる木の葉髪アフリカゾウの頭頂部 福井たんぽぽ
立冬の癖字アリバイめいて浮く 青山 酔鳴
(最終回)
掛大根峡の日差しの逃げやすし 草刈勢以子
世渡りは不渡りなるや薬喰 増田 植歌
薬飲むための軽食冬はじめ 及川 澄
今回は代表が所要のために不在でしたので、『第10回を終えて』『句会評』『読む』の各種企画については固定メンバーをシャッフルしてお送りしました。ご高覧ありがとうございました。いつもと若干違うテイストをお楽しみいただけましたでしょうか。コメントなどご遠慮なくお寄せください。
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