「古池や蛙とび込む水のおと」の「おと」は
「ドボン!ドボン!ドボン!」だった!
第44回イベントは、高井孝太郎さんに『俳句の中に出てくるカエルの生態』という題名で講演をしていただきました。高井さんは北海道大学北方生物圏フィールド科学センターや「北海道爬虫両生類研究会」でカエルの研究に打ち込んでおられます。
◆略歴
1979年、帯広市生まれ。北海道大学北方生物圏フィールド科学センター学術研究員。水田など身近な環境にいる生き物に興味を持ち、その中でも代表的なカエルの生態を研究して15年になる。
◆講演詳報
カエルは世界におよそ6700種、日本に48種いるそうです。
不思議な生態を持つカエルも多く、例えば、寒冷地に住んでいるアカガエルの仲間はかちんこちんに凍っていて解凍して息を吹き返します。オーストラリアの乾燥地帯にいるカエルは蟻塚でシロアリを食べながら生きています。さらに空跳ぶカエルもいて、モモンガのようにひれのところを発達させて滑空します。
北海道のカエルですが、在来種は春先に見かけるエゾアカガエルと、田んぼや草原で見かけるニホンアマガエルの2種です。エゾアカガエルのオタマジャクシは、外敵に食べられないよう頭を膨らませる。世界でも例のないカエルです。
さらに北海道の外来種のトノサマガエルのDNAを調べると、兵庫県や島根県から来ている個体が石狩平野に広がっていることが分かります。トノサマガエルにそっくりなトウキョウダルマガエルは東京・町田市が由来です。
俳句の本題に入ります。春の季語の時期に繁殖するカエルは、ヤマアカガエル、ニホンアカガエル、ニホンヒキガエル、アズマヒキガエルがあり、北海道だとエゾアカガエルになります。夏はモリアオガエル、シュレーゲルアオガエル、北海道ではニホンアマガエルなどが該当します。
渓流などきれいな流れのところに住むカジカガエルは、かなり澄んだ声で鳴きます。昔、俳句を作った方々が聞いたのはカジカガエルが多いのではないでしょうか。
有名な句に、松尾芭蕉の「古池や蛙とび込む水のおと」があります。このカエルがどのカエルなのか、僕なりに分析してみました。
「蛙」なので春の季語。文献を読むと、詠まれた場所は深川(今の東京都江東区深川)の芭蕉庵。この時期に池の周りをたむろしているカエルは、ニホンアカガエル、トウキョウダルマガエル、アズマヒキガエルです。繁殖の準備でニホンアマガエルも出てきているかもしれません。
この中で跳び込むという動作を行うのは、主にトウキョウダルマガエルになります。
じゃあ跳び込む音はどんな音だろうかと。
僕も最初は「ポチャン」という音を連想しました。でも芭蕉が生きた時代は環境が良くて、たくさんのカエルがいたことと思います。そうしたら「ドボン!ドボン!ドボン!」という音になります(会場笑)。芭蕉が見たのは複数のカエルだと思います。
それから小林一茶の「やせ蛙まけるな一茶これにあり」。これも諸説あるんでしょうけど、武蔵国で「蛙合戦」を見たときの句だというのを読みました。蛙合戦というと今も昔もヒキガエルです。一茶は、ヒキガエルが繁殖のために大集団になっている景色を見たのだと思います。押しくらまんじゅうのようにわんさかいて、一つのつがいが池に入ると、5、6匹のオスが集まってきてメスを巡って争います。
◆代表五十嵐秀彦さんとの質疑応答
(五十嵐さん)「古池や」の句の蛙は複数だったということですか。この句の蛙が単数なのか複数なのか結構前から議論になっているんです。この句を英語に翻訳するときに、「S」を付けるか付けないかで問題になったんです。結論の出る話ではないんですが、「ポチャン」という印象でみんな思っていたようですが、今はたぶん複数なんじゃないかという説が強くなってきています。ですので「カエル複数説」の重要な発言がありました(会場笑)。これは夜だったんでしょうか、昼だったんでしょうか。
(高井さん)たぶん日中だと思います(会場笑)。
(五十嵐さん)それはこの句に対する先入観を裏切る話なんです。
(高井さん)実は単数か複数かいうことにはかなり思い込みが強いんです。昔の芭蕉がいた時代なら、おそらく自然がすごく残っていると。そんな中でそんな池があったらカエルの数が一匹じゃすまないだろうという先入観から複数です。なおかつ自分の調査の体験から、「ドボン!ドボン!ドボン!」となったんじゃないかなと思いました。実は、夜はカエルはあんまり動かないんです。僕もトノサマガエルやトウキョウダルマガエルを捕まえるときは、夜にライトを照らして近づくんです。そうすると、よっぽどカエルの横に足を入れたりしない限り、動かないんです。ですので芭蕉が池の周りをぐるっと回って、カエルを捕まえてやるぞという勢いで回ってるのなら、もしかしたらカエルを踏みそうになって、池に跳び込んで「ポチャン」と鳴ったかもしれないですけど。ただ、もし池に近づいたというだけなら、カエルが跳ぶというのは日中じゃないと見られないと思います。
(五十嵐さん)ものすごい指摘だと思いますが、近づいたから跳び込んだんでしょうか。
(高井さん)多分そうだと思います。ただ、何もしなくても跳ぶこともあるんです。でももし何か一匹が跳び込んだら、その音に驚いて他のカエルも跳び込むことがあるので、近づいて跳び込んだかどうかは分からないですね。
(五十嵐さん)ほとんどの人は、この句は夜で、しかも芭蕉は庵の中にいて聞いたと思っています。もちろんはっきりしたことは分からないけど、昼間で、芭蕉は外を歩いていて、カエルは複数で「ドボン!ドボン!ドボン!」と落ちた。これはすごい新説です。おもしろいです。
(高井さん)確かに僕も初めてこの句を詠んだときに抱いたイメージは、家の中で聞いていて、夜など静かなとき、なおかつ一匹ポチャンと行ったのかもと思ったんですが、実際に夜と朝、繁殖期と非繁殖期とカエルを追いかけて、改めてこの句と向かい合うと、そっちじゃないかなと思ったんです。
(了)
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